翻訳|estoppel
禁反言と訳されている英米法上の法理。この言葉には,さまざまの用法があるが,実際に最もしばしば問題になるのは,〈法廷外の行為による禁反言estoppel in pais〉あるいは〈エクイティ上の禁反言equitable estoppel〉とよばれる場合である。これは,自らの行為(言葉による表現を含む)によって事実を誤って表示しまたは事実の存在を隠す結果を生じた者は,他人がそのような事実は存在する(または存在しない)ものと信じて行動することが合理的に予期できる場合で,実際に他人がそう信じて行動したときは,ほんとうは事実はそれと異なるという主張をすることが許されないという法理である。この法理は,今さらそのような主張を許すと正義に反する結果が生ずるという場合に用いられる。
そのほかの用法としては,まず,〈捺印証書を根拠とする禁反言estoppel by deed〉がある。一定の方式をふんで作られる捺印証書deedに記載された事実を,その捺印証書の当事者が後で否定することは許されないとする法理である。また,〈正式記録を根拠とする禁反言estoppel by record〉は,裁判所または議会の正式記録の中で認定されている事実を否定することは許されないとする。なお,アメリカの訴訟法では〈コラタラル・エストッペルcollateral estoppel〉という言葉が用いられるが,これは日本で争点効とよばれる法理であり,裁判で当事者が争った法律問題について裁判所が明示的に下した判断は,その当事者の間では,それ以後の他の事件--したがって既判力は及ばない事件--においても,拘束力をもつものとして扱われるべきであるとする。
エストッペルは,元来は事実の表示に関するものであったが,アメリカでは,これを約束の表示にも広げ,例えば,寄付の約束がなされた後,相手方がこれを信頼してさまざまの行為をし,もはやその寄付の約束の撤回を認めると正義に反する結果が生ずる状態になったときは,この約束を法律上拘束力あるものとして扱うという法理が作られた。これを〈約束による禁反言promissory estoppel〉という。
執筆者:田中 英夫 日本法においても真実を知らない他人に対して真実と異なる表示をした者は,その表示を信頼して行動する者に表示内容が真実と違うとの主張をすることは許されない。禁反言という用語をもって規定されているわけではないが,心裡留保(民法93条),表見代理(109条),不実登記の責任(商法14条),名板貸の責任(23条)などや,破綻した夫婦の間でなされた契約を取り消せない(民法754条参照)という解釈に禁反言の考え方をみることができる。
執筆者:南方 暁
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