既判力(読み)キハンリョク

デジタル大辞泉 「既判力」の意味・読み・例文・類語

きはん‐りょく【既判力】

確定した判決のもつ効力の一。一旦判決が確定すれば、その後同一の事件が訴訟上問題となっても、当事者はこれに反する主張をなしえず、裁判所もそれに抵触する内容の裁判ができないという拘束力をいう。

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精選版 日本国語大辞典 「既判力」の意味・読み・例文・類語

きはん‐りょく【既判力】

  1. 〘 名詞 〙 確定した裁判が持つ効力。民事訴訟では、一たび裁判が確定した以上、その後同じ事柄が訴訟上問題となっても、前の裁判内容と矛盾する主張や裁判を許さない拘束力をいう。また、刑事訴訟では、裁判の内容が確定したことによって生ずる執行力と、同一事件について再度の起訴を認めない一事不再理の効力をいう。〔民事訴訟法(1926)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「既判力」の意味・わかりやすい解説

既判力 (きはんりょく)

裁判の効力の一種。実質的確定力,実体的確定力ともいう。文字どおり,すでに裁判所が判断した事項について生じる効力で,既判力の及ぶ範囲では,当事者も後訴裁判所も,さきに裁判所の示した判断に拘束され,それと矛盾する訴えや主張ないしは裁判をすることが許されない。以下,民事裁判における既判力,刑事裁判における既判力とに分けて説明する。

たとえば,AがBを相手方として所有権確認の訴えを起こし,その所有権は存在しないとして敗訴判決を受けた後,ふたたび同じ所有権について確認の訴えを起こすことは許されないし,かりにAがこの確認の訴えを起こしてきても,後訴裁判所はAの請求を棄却する判決(Aの所有権は存在しない旨の判決)をしなければならない。しかし,既判力が働くのは,この例のように前訴と後訴の訴訟物(この例では,Aの主張する所有権)が同一の場合に限られない。後訴では前訴の訴訟物を前提問題とし,そこから派生してくる権利関係を主張した場合にも,この前提問題に関するかぎりは,前訴判決の既判力が働いてくるし(所有権確認の訴えを起こして敗訴したAが,後訴では所有権に基づく引渡請求権を主張した場合にも,その所有権に関するかぎりは,前訴と同様に無しと判断され,ひいては,その所有権に基づく引渡請求権も無しと判断される),また,前訴と後訴とで論理的に矛盾する権利関係を主張する場合(前訴でAの所有権が認められた後,後訴でBが同じ物に対する所有権を主張したような場合)にも,前訴判決の既判力が働いてきて,後訴での主張は許されないと解されている。

裁判には,判決,決定,命令の3種類があるが,その全部が既判力を生ずるわけではない。終局判決には既判力が生じるが,中間判決には生じない。決定,命令の場合,実体的な権利関係についてした裁判(訴訟費用額確定決定,督促手続における支払命令等)に限って,既判力が生じる。なお,これらの裁判は,いずれもそれが確定した後,はじめて既判力を生じる。裁判ではないが,当事者が請求の放棄・認諾,あるいは和解を行うと,裁判所の調書が作成されるが,これらの調書も〈確定判決と同一の効力を有する〉とされている(民事訴訟法267条)。この効力に既判力が含まれるかどうか争われているが,最近では否定説が有力である。仲裁人のした仲裁判断が既判力を有することには異論がない(公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律800条)。

私法上の権利関係は,いったんその存否が民事裁判で確定されても,その後変動する可能性がある。たとえば,上例で,Bが自分こそその物の所有者だと主張し,この主張が認められて,Aに敗訴判決が言い渡されても,その後Aがその物をBから買い受ければ,前にした判決でA・B間の法律関係は律しきれなくなる。そこで,裁判所の裁判が,いつの時点における権利関係の存否を確定したかが問題となる。裁判所は,審理で得られた資料に基づいて裁判をするので,その審理の終結時(判決の場合だと,口頭弁論の終結時)が,上の意味での裁判の標準時,ひいては既判力の標準時となる(もっとも,第三審では事件の法律問題しか審理しないので,事実問題も審理できる第二審の口頭弁論終結時が標準時となる)。

裁判所は,その裁判を通じて,当事者間で争いとなったいろいろな論点につき判断を下す。たとえば,Aの起こした所有権確認訴訟において,BはAからその物を買い受けたから自分が所有者だと争い,Aは,Bの主張する売買契約は無効だと反論したが,裁判所は結局,Bの主張を正当として,Aに敗訴判決を言い渡した場合,既判力が生じるのは,その結論部分であるAに所有権がないという判断だけである。この判断の前提となった,Bの買得の主張が正しく,Aの売買契約は無効であるという主張が正しくないという判断には,判決の既判力は生じない。このことを,法律は,〈確定判決は主文に包含するものに限り,既判力を有する〉と表現している(民事訴訟法114条1項)。判決にはいろいろな事項が記載されるが(253条),その〈主文〉において,訴訟物である権利関係に対する判断が示され,その判断を導く前提となった判断は,〈理由〉の項において記載されるものと約束されている。いいかえると,後の〈理由〉の項で書かれる諸判断は,既判力を生じないので,後訴において争うことができる。しかしいずれにせよ,訴訟物に対する裁判所の判断には既判力を生じるので,訴訟物についていわゆる旧理論に立つか,新理論に立つかによって,既判力の生ずる範囲に広狭の差が出てくる。ただ,既判力は理由の項で示された判断には生じないという理論は,それをあまりかたくなに貫くと,かえって常識に反する不合理な事態が生じる。そこで,法律は,被告が訴訟上主張した相殺に対する判断について,例外的に既判力が生じるとしているが(114条2項),しかし〈理由〉の項で示された判断に既判力を認めないと,不合理な事態が生じるのは,なにも相殺の場合に限られない。上例において,Bの買得の主張が正しいとして,A敗訴の判決が言い渡されたので,今度はAがBとの間の売買を前提としてその代金支払を訴求した場合,Bの買得の主張に対する判断に既判力が生じないだけに,Bは前言をひるがえしてAとの間にはもともと売買契約はなかったと主張することが可能となる。このような事態を避けるため,当事者間で主要な争点として争われ,裁判所も十分な審理・判断を遂げた場合には,その判断が理由の項で示されていても,既判力に類する拘束力(争点効という)を認めるべきだとする説がある。最高裁判所は,この争点効を認めないが,〈信義誠実の原則〉を用いて理由の項の判断にも拘束力を認めようとし,最近ではこれに同調する学説もふえている。

既判力は,当事者間にかぎって生じるのが原則であるが,例外的に第三者にまで拡張される場合がある。(1)口頭弁論終結後,訴訟物である権利義務,正確にはその権利義務を争う地位を継承した者,(2)当事者のために目的物を所持する者(例,受寄者,管理人)には,既判力が拡張されるし(民事訴訟法115条1項3号,4号),(3)他人のために訴訟を追行した者の受けた判決の既判力は,その他人に対しても拡張される(同条1項2号。たとえば,債権者が債務者のために起こした債権者代位訴訟で,債権者の受けた判決の既判力は債務者にも及ぶ)。さらに,(4)夫婦・親子や,会社に関する訴訟のように,その結果をめぐって多数の利害関係人がいる場合には,法律関係に混乱が生じることをきらって,利害関係人一般に判決の既判力が拡張される(人事訴訟手続法18条,商法109条等)。
執筆者:

たとえば,いったん被告人に無罪判決が言い渡されると,検察官は新証拠が出てきても同じ事件について再起訴することはできず,もしも起訴がなされると,免訴の裁判で排斥されてしまう。これは,一事不再理の原則にほかならないが,刑事訴訟では,一事不再理の効力を既判力と呼ぶことが多い。しかし,一事不再理の原則は,〈二重の危険〉を禁止するという人権保障のための手続的要請に由来するものと考えられているので,既判力は,民事訴訟とパラレルに,裁判所の判断の効力をさすものと考えたほうがよい。

 このような既判力とは,上訴の道がとだえて確定したときに,裁判上の判断内容が,別訴においても変更することができなくなる効力をいう。裁判が,国家の公権的な解決を示すものである以上,既判力は,訴訟の機能そのものに基づく本質的なものである。それは,拘束力ないし形式的確定力とその本質を同じくし,その延長線上の効力である。拘束力とは,裁判を言い渡した裁判所がその裁判をみずから変更することができない効力であり,それは,上訴期間が過ぎると上訴審でも争いえなくなる効力に発展するから,これを形式的確定力と呼ぶ。そして,形式的確定力を持った裁判が,別の訴訟においても変更できなくなる効力が実質的確定力であり,これが既判力にほかならない。ただ,既判力が現実にどのような形であらわれるかには争いがある。これは,既判力の内容を拘束力ととらえるか,遮断効ととらえるかの問題であり,前者なら,後の裁判所は同一の裁判を繰り返すことになるが,後者なら,再度の弁論および裁判じたいを許さない効力である。

 既判力は,従来,一事不再理の効力のことだとされていたので,有罪,無罪,免訴という実体裁判にしか発生しない。また,訴訟理論上,〈公訴事実の同一性〉の範囲で再訴を遮断する効果をもつとされてきた。しかし,既判力と一事不再理の効力とは,存在根拠を異にすると考える通説の立場に立つと,既判力は,実体裁判だけでなく形式裁判にも発生する。他方,再訴を遮断する効力が発生するのは,現に審判の対象とされた事実,したがってひろく公訴事実の同一性に及ぶのではなく,訴因たる事実が基準となる。なお,既判力の発生する基準時は,審判の可能な最終時である判決時である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「既判力」の意味・わかりやすい解説

既判力
きはんりょく

裁判所の判断が最終的なものとして、後訴裁判所・当事者を拘束する効力。民事裁判、刑事裁判ともに認められる。

[本間義信]

民事裁判における既判力

民事訴訟は、市民相互間の紛争の解決を目的としている。したがって、紛争解決の基準として判決が出され、確定した場合(確定判決)には、判決内容は争えないとしなければならない。これを既判力という。以後、当事者は既判力と矛盾することを主張できないし、裁判所も異なる判断をすることはできない。これを既判力の効果という。確定終局判決は既判力を有するが、仲裁判断も既判力をもつ。請求の放棄・認諾調書、和解調書については既判力が認められるか否かについて争いがある。

[本間義信]

標準時

既判力によって確定されるのは、裁判の材料を提出できる最後の時点(事実審の口頭弁論終結時)における権利・義務の存否とされる。

[本間義信]

客観的範囲

既判力をもって確定されるのは、原告が争いの対象として提示した権利・義務(=訴訟物)についての判断に限られる(主文に包含するもの。民事訴訟法114条1項)。たとえば、売買契約の結果、原告がある物の所有権を取得したとしてその所有権を確認する判決、または家屋の所有権に基づく明渡し請求を認める判決で既判力を生じるのは、原告の所有権、または明渡し請求権を認める判断についてだけで、売買契約の有効性、家屋の所有権の存在についての判断には、既判力が生じない(判決理由中の判断)。既判力の客観的範囲は、訴訟物をどのようにとらえるかにより異なってくる。また、相殺に対する判断については例外的に既判力が認められ(同法114条2項)、さらに解釈論として争点効(訴訟で当事者が主要な争点として争い、裁判所がこれを審理して下したその争点についての判断を後の別の訴訟で否定することはできない、という効力。前記の例では、売買契約の有効または家屋の所有権の存在の判断)という拘束力を認めるべきだとの主張が有力である。

[本間義信]

主観的範囲

民事訴訟は私人間の争いを相対的に解決するものであるから、また、判決の材料を提供するのは当事者であるから、既判力は原則として当事者間に限って生じる。たとえば、A・B間で家屋の所有権がAのものであることが確定しても、訴訟の当事者でないCやDはそれとはかかわりなく、同一の家屋について自己の所有権を主張できる。例外的に、当事者以外の者に及ぶ場合もある。たとえば、借地上に建物を所有する土地の賃借人Yが、土地の賃貸人Xの建物収去土地明渡請求の訴えに敗訴した後に、借地上の建物をYから譲り受けた者Zは、判決の効力を受け、建物を収去し、土地を明け渡さなければならない(口頭弁論終結後の承継人。民事訴訟法115条1項3号)。あるいは、株式会社の株主の一部の者が、株主総会決議取消しの訴えを提起し、勝訴した場合、当事者になっていない他の株主も、その判決の効力を争えない(会社法838条)。

[本間義信]

刑事裁判における既判力

刑事訴訟における既判力については、その根拠や内容に関し、学説上さまざまな考え方がある。従前の中心的な考え方は、事件の実体(有罪・無罪)についての裁判が確立すると、その意思表示(判断)内容が、具体的規範としての効力(規範的効力=実体的確定力)をもつに至り、それが外部的に既判力=一事不再理の効力として発現するとされていた。しかし、最近では、一事不再理の効力を日本国憲法第39条(二重の危険の法理)に基づく政策的効力と位置づけ、既判力から切り離す見解が有力である。というのは、刑事訴訟法が審判の対象を訴因としているため(256条)、訴因を越えて「公訴事実の同一性」(312条1項)の範囲に一事不再理の効力が及ぶとすると「既に判断された」ことによって生ずるとする考え方とは矛盾をきたすからである。この見解は既判力をなお裁判効力論のなかに位置づけるが、それは規範設定的効力としてではなく、制度的効力としてである。すなわち、民事訴訟法におけると同様、公権的判断としての訴訟の機能から導き出される終局裁判一般の訴訟への不可変更的効力として位置づけられる。この効力は、実体裁判では一事不再理の効力のなかに埋没してしまうが、形式裁判にあっては同一の事実状態で同一訴因の再訴を遮断するという実益がある。

[大出良知]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「既判力」の意味・わかりやすい解説

既判力
きはんりょく
Rechskraft

(1) 民事訴訟において,請求棄却の本案判決が確定した場合に,その内容をなす裁判所の法律的判断が,これを受けた当事者の間で事後の法律関係を規律する基準となる効力。すなわち,既判力の及ぶ者の相互間でいったん判断された事項が,のちの訴訟の訴訟物または先決関係にある事項として問題となった場合には,当事者はその判断内容と矛盾する主張はできないし,後訴の裁判所もこれに抵触する判断は許されないという拘束を生じる。既判力に矛盾抵触する後訴をいかに取り扱うべきかに関しては争いがあるが,請求棄却の本案判決をもって結末をつけるのが妥当であろう。既判力を無視した判決は,確定後でも再審の訴えによって取り消しを求められる (民事訴訟法) 。

(2) 刑事裁判において有罪,無罪の実体判決および免訴の判決が確定したときに生じる同一事件についての再訴を妨げる,一事不再理の効力のことをいう。判決に既判力が生じると,同一事件に対する再起訴に対しては免訴の判決がなされる (刑事訴訟法) 。既判力は,判決の内容をなす事件と単一,同一の犯罪事実に及ぶものとされる。刑事訴訟法上,一事不再理の効力と既判力とを同一視する考え方に対しては,一事不再理の効力は「二重の危険」 double jeopardyの要請に由来するもので,既判力とは無関係であるという主張もある。

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百科事典マイペディア 「既判力」の意味・わかりやすい解説

既判力【きはんりょく】

(1)民事訴訟上は,判決が確定したときに,以後同一当事者間で同一事項が訴訟上問題となった場合にも,当事者はこれに反する主張をなしえず,裁判所もこれと抵触する裁判をなしえないという拘束力をいう。紛争解決のために必要な効力。ただし原則として第三者には及ばない。(2)刑事訴訟上は,判決確定後は,同一の事件について再び公訴を提起しえないという効力をいう。一事不再理の効力のこと。→再審
→関連項目中間判決

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