日本大百科全書(ニッポニカ) 「エバンス」の意味・わかりやすい解説
エバンス
えばんす
Sir Martin J. Evans
(1941― )
イギリスの生理学者。ロンドン大学で博士号を取得。ケンブリッジ大学教授などを経てカーディフ大学教授、同大学バイオサイエンス研究所長を務めた。2007年、「胚性幹細胞(ES細胞)を利用してマウスの特定遺伝子を改変する基本原理の発見」によって、カペッキ、スミシーズとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。
動物は、たった1個の受精卵から分裂を繰り返して1個体を形成するが、このように身体のあらゆる種類の細胞になっていくのがES(Embryonic Stem)細胞である。人体を形づくるあらゆる細胞に形成していくことのできる大もとの細胞であり、分裂する前の状態では自らを際限なく分裂させて増やすことができる特性をもっている。
1981年、エバンスはマウスの胚(受精卵)から、さまざまな細胞に分化していくES細胞を初めてつくった。この研究はその後も発展を続け、1995年にはアメリカ・ウィスコンシン大学のグループがアカゲザルのES細胞株の樹立に成功、ついで1998年には同大学でヒトのES細胞株の樹立に成功した。
エバンスのマウスES細胞株の樹立からカペッキとスミシーズは、ねらった特定の遺伝子を機能しないようにしたり、置き換えたい別の遺伝子を電気刺激で細胞に運んでいく方法を開発した。
この二つの技術をあわせると、ES細胞の一部を改変して代理母となるマウスに移植し、組み換えた遺伝子をもつマウスを産ませることができる。このマウスと正常なマウスの交配により特定の遺伝子機能をもつ純系のマウスを確立できる。これはノックアウトマウスとよばれ、糖尿病、癌(がん)、心臓病など特定の病気を発症させる病気モデルマウスとなり、病因究明や治療法開発などの研究に応用されるようになった。すでに500種類以上のノックアウトマウスがつくられ、医学研究に画期的な成果をもたらしている。
[馬場錬成]