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オケオ

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百科事典マイペディアの解説

オケオ

ベトナム,メコン川デルタにある2世紀―6,7世紀ころの港市遺跡。1942年に発見,1944年第2次世界大戦中に発掘が行われた。クメール人の建てた扶南(ふなん)国の文化を物語る寺院,住居などの遺構が発掘された。

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デジタル大辞泉の解説

オケオ(Oc-eo)

ベトナム南部、アンジャン省にある遺跡。ロンスエンの南西約30キロメートルに位置する。2世紀から7世紀にメコンデルタで栄えたクメール人国家、扶南の港市であり、1944年の発掘調査において住居、寺院、運河などの遺構が見つかった。

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世界大百科事典 第2版の解説

オケオ【Oc‐èo】

ベトナム南部,キエンザン省にある古代遺跡。メコン川のデルタ地帯にあり,分流のバサックBassac川とシャム湾の間の平野部に位置する。マルレLouis Malleretが1942年に発見し,44年に発掘調査を行った。遺跡は低湿地にあり,北にはこの遺跡の発見の端緒となった仏像を出土したバテ山がある。3km×1.5kmの長方形をなす都市遺跡で中央長軸方向に水路があり,それに直交する4本の堀で10区画に分割されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オケオ
おけお
Oc-o

ベトナム南部、メコン川デルタ地帯西部にある都市遺跡。タイランド湾に臨む港町ラチジャーRachgiaの北東25キロメートルに位置する。1944年、フランス極東学院のマルレL. Malleretの発掘調査によって、オケオはおよそ2世紀より6、7世紀ごろに栄えた扶南(ふなん)国の港市の跡と考えられている。遺跡の中央を運河が貫き、扶南の都と想定されるアンコール・ボレイAngkor Borey方面へ延びている。杭上(こうじょう)家屋の木柱のほかに、金細工、ガラス器、仏像およびその鋳型などの優れた工芸品が発見されている。なかでも、中国・漢の(きほう)鏡、方格規矩(きく)四神鏡の破片、ブラフミー文字の印章、荷札または護符の一種とみられる方形耳付き錫(すず)製小板、152年の紀年のあるローマ皇帝アントニウス・ピウスの像と銘のある金貨、南インドのアマラバティ様式およびガンダーラ様式の仏像、中国・南北朝の影響を示す青銅仏の出土は貴重である。これらの出土品は、オケオが当時、ローマや中国との交渉の一拠点であり、インド系移民ないし商人の活動の場であったことを物語っている。[青柳洋治]
『岡崎敬著『民族文化と東西文化の交流――石寨山とオケオ遺跡』(『世界考古学大系8 南アジア』所収・1966・平凡社)』

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世界大百科事典内のオケオの言及

【扶南】より

…次いで持梨陁跋摩(シュリーンドラバルマン)が中国の宋の文帝治下(424‐453)に遣使し,僑陳如闍耶跋摩(カウンディンヤ・ジャヤバルマン)が484年から4回にわたり中国へ使節を派遣し,安南将軍扶南王に列せられた。 ここまでの扶南の政治展開を考古・出土資料の範囲から見るならば,オケオとその付近から,ローマの金貨2個(152年と156年のもの),大小の銀貨,多数の装身具類,梵語銘入り護符,ヒンドゥー教神像彫刻類,碑刻文など,インド系の出土品が数多く発見されている。扶南の外港オケオはカンボジア国境に近いベトナムのラチジャー海岸から内陸へ25km入った地点にある。…

【メコン[川]】より

…【高谷 好一】
[メコン・デルタの開拓史]
 メコン川は自然堤防を発達させる支流が少なく,このためデルタの大部分は低湿地に覆われ,長く農業的開拓を遅らせてきた。紀元2~3世紀にデルタ南部のカマウ半島西岸にあった国際貿易港オケオでは,扶南の首都アンコール・ボレイに結ぶ総延長数百kmの運河が発見されているが,農業水利のものとは考えにくい。おそらく17世紀以前には,バサック川などメコン下流の自然堤防上に拠ったクメール人によって,はんらん原に乾季稲や浮稲がわずかに栽培されていた程度であったろう。…

※「オケオ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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