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ガリカニスム

百科事典マイペディアの解説

ガリカニスム

〈ガリア主義〉〈ガリカン教会主義〉と訳。ローマ教皇からの独立を図ったフランス(古名ガリア)のカトリック教会の神学的・政治的立場をいう語。フランス主権伸長と中央集権化に軌を一にする傾向で,世俗的事項に関して国王が教皇の裁可を免れること,公会議が教皇権に優越することなどを主張する。
→関連項目シャルル[7世]ジャンセニスム

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世界大百科事典 第2版の解説

ガリカニスム【gallicanisme】

フランスのカトリック教会が,教皇権の管理下から神学的・政治的に独立しようと試みた傾向とその根拠となった思想。フランスの古名ガリアに由来し,ガリカン教会主義,国家教会主義ともいう。その主旨はP.ピトゥーの《フランス教会の特権》(1594)やモー司教ボシュエの《フランス教会の聖職者宣言》(1682)に次の4項目として要約されている。(1)国王は世俗的事項に関しては教皇の裁きを免れ,その臣下も忠誠義務を解除されない。

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世界大百科事典内のガリカニスムの言及

【ウルトラモンタニズム】より

…近代国民国家の成立とそれに結びついた地域主義,自由主義,世俗主義などの台頭に対して,カトリック知識人が示した教会の統一と権威を求める傾向の表現であった。すなわちガリカニスムジャンセニスム,フェブロニアニズム(ホントハイムJ.N.von Hontheimがフェブロニウスの名で表明した立場で,教皇は教会会議に従属すべきだとする),ヨーゼフ2世の宗教政策などの各国教会の独自性を主張する動きと対立するもので,とくに第1バチカン公会議では教皇の不可謬性に関する定義が発布されるように強く働きかける運動をした。広い意味では,ベルギー,ドイツなど一部キリスト教政党の傾向についても使われた。…

【キリスト教】より

…以後各国の司教は総司教を通じて国王の統治に服し,時には教皇にそむいても国に忠誠をつくすようになった。教皇至上主義(パパリズム)に対して会議主義(コンシリアズム)が起こったのもこのころのことで,イギリスの神学者グロステストやオッカム(オッカムのウィリアム)が強く支持し,ガリカニスムを主張する国民主義的なフランス人もこれを受けいれた。捕囚はグレゴリウス11世の帰還で終わったとはいえ,フランスの枢機卿らはクレメンス7世(在位1378‐94)をアビニョンにおいてローマに対する対立教皇とし,1417年まで〈大離教〉と呼ばれるこの分離をつづけた。…

【宗教改革】より

… 第1は,教会大分裂の克服,教会統治の刷新をめざして開かれた,コンスタンツ公会議(1414‐18),バーゼル公会議(1431‐49)の両公会議に表現される,改革公会議運動である。これは,司教階層が中心となって,教会統治体制を,従来の教皇絶対主義から一種の立憲君主制に変えようとするものであり,15世紀中葉におけるガリカニスム(フランス国民教会主義)の成立が示すごとく,国王による中央集権化の努力とそれに伴う萌芽的なナショナリズムがこれと結びついていた。しかもこの体制改革運動の背後には,俗権と教権の分離を唱える神学者オッカムらの新しい教会統治理念が働いていたが,カトリシズムの中心的な教義内容に対する批判にまで進むことはなかった。…

※「ガリカニスム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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