グレコ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グレコ

エル・グレコ」のページをご覧ください。

グレコ
Greco, Emilio

[生]1913.10.11. カタニア
[没]1995.4.5. ローマ
イタリアの彫刻家パレルモの美術学校で学んだのち,1933年からローマで展覧会に出品,46年の最初の個展で好評を得る。初期はおもに肖像を制作したが,やがて優雅なポーズのすらりとした女性裸体像の制作に専念した。作風は古典的で抒情性に富む。代表作『水浴する女』 (1958) 。

グレコ
Greco, José

[生]1918.12.23. イタリア,モントリオネイフレタニ
[没]2000.12.31. アメリカ合衆国,ペンシルバニア,ランカスター
スペインの舞踊家。世界で最も有名なフラメンコ・ダンサー(→フラメンコ)の一人で,舞台,映画,テレビで活躍した。1943~45年ラ・アルヘンティニータの最後のパートナーを,1946~48年ピラール・ロペスのパートナーを務めた。その後自身の舞踊団を組織し,アメリカ合衆国,ヨーロッパ各地を巡演,フラメンコと伝統的なバレエの融合に貢献した。『80日間世界一周』(1956)などの映画にも出演した。1962年,スペイン政府からカバレッロ(騎士)の称号を授与された。(→スペイン舞踊

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百科事典マイペディアの解説

グレコ

本名ドメニコス・テオトコプロス。スペインの画家。ギリシアのクレタ島に生まれ,エル・グレコギリシア人の意)と通称された。1565年,ベネチアに出て,ティツィアーノティントレットから大きな影響を受けた。1577年以後スペインのトレドに定住し,その間エル・エスコリアルの装飾も手がけた。時代的にはマニエリスムに属するが,色彩,構図,着想などの点できわめて神秘的な特色に富んでいる。代表作に《オルガス伯の埋葬》(1586年―1588年,トレド,サント・トメ聖堂蔵),《ラオコーン》(1610年―1614年,ワシントン,ナショナル・ギャラリー蔵),《トレド風景》(1600年ころ,ニューヨーク,メトロポリタン美術館蔵)などがある。
→関連項目黄金世紀シカゴ美術館スロアーガトレドプラド美術館メトロポリタン美術館

グレコ

イタリアの彫刻家。シチリア生れ。13歳で墓石工の徒弟となり,古代彫刻の修復模刻をする。彫刻はほとんど独学。1946年ローマで開いた個展で認められた。単純化された軽快で躍動的な女性像で知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

グレコ【El Greco】

1541‐1614
16世紀スペイン最大の画家。本名はドメニコス・テオトコプロスDomēnikos Theotokopoulos。クレタ島のカンディアに生まれたところからエル・グレコ(ギリシア人の意)の通称で知られる。1566年のカンディアの記録にはすでに職業画家(マイストロ)とあり,ポスト・ビザンティン様式のイコンの画家であったと思われる。1566‐67年ころにベネチアに渡り,70年にはローマへ,そして76‐77年にスペインに移ってトレドに定住,ここで生涯を終えた。

グレコ【Juliette Gréco】

1927‐
フランスの女性シャンソン歌手。モンペリエに生まれ,7歳でパリに出る。母や姉がレジスタンス運動ナチス収容所に送られたため15歳で自立。第2次世界大戦後,黒のセーターズボンという姿で実存主義者のマスコットとして話題になり,人前で歌い始め,1951年に《私は日曜日が嫌い》をドービル・コンクールで歌い,エディット・ピアフ賞を,52年《ロマンス》でディスク大賞を獲得して名声を確立した。歌手としてだけでなく,1956年の《恋多き女》など映画にも出演して成功を収めた。

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大辞林 第三版の解説

グレコ【El Greco】

〔「ギリシャ人」の意。本名 Domenikos Theotokopoulos〕 (1541頃~1614) ギリシャ生まれのスペインの画家。雄大な構図、細長い人体描写で精神の深奥を宗教画・肖像画に表現した。作「オルガス伯の埋葬」など。エル=グレコ。

グレコ【Emilio Greco】

1913~1995) イタリアの彫刻家。伝統的な古典主義の上に近代的な感受性を盛りこんだ作品を制作。ブロンズによる女性裸体像で有名。

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世界大百科事典内のグレコの言及

【スペイン美術】より

…同様の傾向がトリエント公会議によってカトリック世界の公式態度となった後にスペインに現れた。それがエル・グレコである。彼は,クレタ島に生まれ,ポスト・ビザンティン様式の画家として形成されたと思われる。…

【トレド】より

…しかし,77年ころ一人の外国人画家がこの都市に住みついた。エル・グレコである。クレタ島生れの彼の中にある神秘主義は,16世紀カスティリャ社会の高揚した宗教感情とトレドにおいて深く結びつき,いまに残る数多くの傑作として結実した。…

【マニエリスム】より

…ベロネーゼもまた,大胆な仰角法や人工的な色彩を用いたものの,終始ルネサンス的現実性から離れることはなかった。一方,1566‐67年ベネチアですごしたギリシア人画家エル・グレコには,明らかな非合理性,空間の無視,人物の歪曲,神秘主義がみとめられる。またティントレットは,光と闇,強い色彩,意表をつく角度や,極端な左右不均衡の構成を用いることで,合理性と自然らしさの限界をつき破り,主観的表現の深みに達した。…

※「グレコ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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