グーテンベルク(英語表記)Gutenberg, Beno

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グーテンベルク
Gutenberg, Beno

[生]1889.6.4. ダルムシュタット
[没]1960.1.25. カリフォルニア,パサディナ
ドイツ生れのアメリカの地球物理学者。ゲッティンゲン大学卒業。シュトラスブルクの国際地震学協会の助手 (1911~18) ,フランクフルトアムマイン大学の私講師を経て,地球物理学教授 (26) 。カリフォルニア工科大学教授 (30~57) 。パサディナ地震研究所所長 (47) 。地球内部のマントルとコアの境の深さを 3500kmと決定。地震のマグニチュードを定義し,それを用いて地震の強さと頻度の関係式を与え,地震学の進歩に貢献した。著書『地球内部の物理学』 Physics of the Earth's Interior (59) 。

グーテンベルク
Gutenberg, Erich

[生]1897.12.13. ノルトラインウェストファーレン,ヘルフォルト
[没]1984.5.22. ケルン
ドイツの経営経済学者。ハレ大学で近代経済学を専攻し,1921年博士号を取得して一時産業界へ出たが,その後フランクフルト大学で経営経済学を研究,1928年ミュンスター大学で教授資格を得て経営監査士として再び産業界で活躍し,1938年クラウスタール鉱山専門学校講座外教授。 1940年イェナ大学,1947年フランクフルト大学,1951年ケルン大学各教授。 1966年退官。近代経済学的手法を駆使して,経営経済理論の近代化に貢献した。生産理論,費用理論,価格理論にその成果がみられる。主著"Die Unternehmung als Gegenstand betriebswirtschaftlicher Theorie" (1929) ,『経営経済学原理』 Grundlagen der Betriebswirtschaftslehre (2巻,1955) ,『経営経済学入門』 Einführung in die Betriebswirtschaftslehre (1958) ,"Untersuchungen über die Investitionsentscheidungen industrieller Unternehmen" (1959) ,『企業の組織と意思決定』 Unternehmensführung (1962) 。

グーテンベルク
Gutenberg, Johannes

[生]? マインツ
[没]1468.2.3? マインツ
ドイツの活字印刷術創始者とされている人物。生年は 1394~99年と推定されている。グーテンベルクは母の姓で,本名はヨハネス・ゲンスフライシュ。マインツの貴族の家に生れ,飾り職ギルドに入り,金属細工に長じた。 1434年頃シュトラスブルク (ストラスブール) に行き,滞在中にワインしぼり機を利用して活字印刷機をつくった。 44~45年頃マインツに帰り,50年頃金細工師 J.フストと提携,彼の資金で印刷所を設けた。 52年『42行聖書』の活字組立てが始り,その後『36行聖書』の組版もつくられた。 55年両者の不和から裁判となり,印刷所はフストと写本業者 P.シェーファーの手に渡り,彼自身は K.フンマーの援助を得て印刷業を再建,60年には 42行活字よりもさらに小さい活字により一種の辞書『カトリコン』を印刷したとされる。 65年,マインツ大司教,ナッサウ伯から年金を受け,ようやく生活の安定を得た。なお,彼の生涯には不明な点が多く,活版印刷術の発明についても,『42行聖書』その他についても諸説がある。

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デジタル大辞泉の解説

グーテンベルク(Johannes Gensfleish Gutenberg)

[1400ころ~1468ころ]ドイツの技術者。活字印刷術の発明者とされる。1450年ごろ、鋳造活字を使った印刷機を考案してマインツで印刷所を開業。印刷した聖書は「グーテンベルクの聖書」として知られる。

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百科事典マイペディアの解説

グーテンベルク

ドイツ生れの米国の地震学者。ゲッティンゲン大学卒,フランクフルト大学教授。第2次大戦中ナチスの弾圧をのがれて米国に移住し帰化。カリフォルニア工科大学でパサデナ地震観測所を創設。地震の規模別頻度(ひんど)分布や地球内部構造の研究などに著名な業績が多い。
→関連項目グーテンベルク=ウィーヒェルト不連続面リヒター=グーテンベルク不連続面

グーテンベルク

ドイツの活版印刷術発明者。マインツ生れの金細工人で,1440年ごろから印刷を研究,1450年ごろ鉛,スズ,アンチモン,少量のビスマスの合金の鋳造活字による印刷術を完成。そのころJ.フストの出資で印刷所を始め,《四十二行聖書》を刊行した。事業は破産したが,その後も印刷術の改良に尽くした。なお西洋での活版印刷の発明は,1423年オランダのL.J.コステルによるとする説などもある。→活字
→関連項目インクナビュラ印刷タイポグラフィーマインツ

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世界大百科事典 第2版の解説

グーテンベルク【Beno Gutenberg】

1889‐1960
アメリカの地震学者。ドイツのダルムシュタットに生まれ,ゲッティンゲン大学に学び,J.E.ウィーヒェルトの創立にかかるゲッティンゲン大学地球物理学教室へ入った。1914年地球の中心部にある核の大きさを半径3500kmと決定した。そのころストラスブールの大学へ就職したが,第1次大戦後はフランクフルト・アム・マインの大学の教授となった。30年アメリカのカリフォルニア州パサデナへ移り,カリフォルニア工科大学教授となる。

グーテンベルク【Erich Gutenberg】

1897‐1984
ドイツの経営経済学者。ウェストファーレン州ヘルフォルトに生まれる。フランクフルト大学卒業後,実業界生活を経て学問の世界に入り,イェーナ大学,ゲーテ大学などを経て,1951年シュマーレンバハの後継者としてケルン大学に迎えられた。代表的著作の《経営経済学原理》全3巻(1951‐69)は,生産過程の把握に重点を置き,経営過程を基本的要素(労働給付,経営手段,材料)と派生的要素(営業指導と経営指導)の最終過程に分け,要素投入と要素収益との生産性関係が,狭義には生産理論と原価理論の基礎をなし,広義には企業活動すべてに中心的意義をもつとした。

グーテンベルク【Johannes Gutenberg】

1397‐1468
活字鋳造・活版印刷術の発明者。ドイツ,マインツの生れ。父は同地の高級官吏フリーレ・ゲンスフライシュFriele Gensfleischで,本名はJohannes Gensfleisch zur Laden。グーテンベルクは母方の姓による通称。その生涯は今日なお不明の点が多く,生年には1394‐1402年の幅で諸説がある。ここではマインツ市グーテンベルク博物館(1900創建,62再建)の説を採る。一般に印刷術と火薬と羅針盤は世界の秩序を変えたルネサンス期の三大発明とされるが,ライン川とマイン川の合流点に近い中世以来の文化都市・商業都市マインツは,ヨーロッパにおける印刷術発祥地であり,この地で書物の機械的製作という新技術の先頭に立ったのが,グーテンベルクである。

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大辞林 第三版の解説

グーテンベルク【Gutenberg】

〔Beno G.〕 (1889~1960) アメリカの地震学者。ドイツ生まれ。地震波の伝播でんぱによる地球内部構造の研究を行なった。 C = F =リヒターとともにマグニチュードを定義。
〔Johannes Gensfleisch G.〕 (1398頃~1468) ドイツの活版印刷発明者。1450年頃に鋳造活字による印刷技術を完成し、近世の知識普及に貢献。ラテン語訳の「四十二行聖書」などを印刷。

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図書館情報学用語辞典の解説

グーテンベルク

1400?-1468.ドイツのマインツ生まれ.活版印刷術の発明者といわれ,鉛とアンチモンと鍚の合金による活字鋳造,油性インキの改良,ブドウ搾り用の木製プレスを応用した印刷機の考案により,活版印刷の普及をもたらした.グーテンベルクの名入りの印刷物は存在しないが,1454年から免罪符や暦などの一枚ものの印刷を試み,1455年頃には残存する世界最初の活字印刷本『42行聖書』を印行した.図書の大量生産を可能にした活版印刷術の発明は,宗教改革時代の小冊子類の印刷や科学書の出版など知識の普及拡大に多大な役割を果たし,今日のコンピュータ革命に匹敵するメディア革命として論じられている.

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367日誕生日大事典の解説

グーテンベルク

生年月日:1897年12月13日
ドイツの経営経済学者
1984年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内のグーテンベルクの言及

【経営学】より

… こうした論争を通じて,(1)理論学派,(2)技術論学派,(3)規範論学派がそれぞれその時々の経営経済学の主流を形成してきた動きこそ,1920年代の産業合理化期,30~40年代のナチス期,第2次大戦後の西ドイツの〈経済の奇跡〉といわれる時期,70年代のオイル・ショック,公害,エコロジー運動の時期にあっても,企業の在り方をめぐりつねに問われてきた問題点であった。(1)理論学派はM.R.ワイヤーマン,H.シェーニッツ,W.リーガー,E.グーテンベルク,H.アルバハらにその系譜をみるが,彼らに共通の主張は,経営経済学が資本主義的企業の本質とその因果法則の解明に主眼をおき,現実の企業との間に一定の距離を保ちながら,理論科学であることに力点をおいたことである。(2)技術論学派は簿記,会計学にたけた初期の研究者,さらにE.シュマーレンバハ,F.ライトナー,K.メレロビッツ,E.ハイネンらにその流れを求めることができるが,この学派は経営経済学が経営者に企業の健全性,存続のための処方箋を示すことにあるとシュマーレンバハが指摘したように,実践的・応用的側面を強調するものであった。…

【印刷】より


[活版印刷の誕生]
 ヨーロッパに活字印刷(活版印刷)が始まったのは15世紀半ばであるが,その最初の考案者が誰であったかについては異説がある。その中で有力なのはオランダ人コステルJ.Costerとドイツ人グーテンベルクJ.Gutenbergをあげる説である。主としてオランダ人学者の説によると,コステルはすでに1423年ごろ活字印刷術を発明しており,グーテンベルクはその技術を盗んだというが,明確な点はまだ確かめられていない。…

【印刷】より


[活版印刷の誕生]
 ヨーロッパに活字印刷(活版印刷)が始まったのは15世紀半ばであるが,その最初の考案者が誰であったかについては異説がある。その中で有力なのはオランダ人コステルJ.Costerとドイツ人グーテンベルクJ.Gutenbergをあげる説である。主としてオランダ人学者の説によると,コステルはすでに1423年ごろ活字印刷術を発明しており,グーテンベルクはその技術を盗んだというが,明確な点はまだ確かめられていない。…

【印刷機】より

…このほかのまったく新しい考えによるものにインキジェットプリンター(インキジェット印刷)などのノンインパクトプリンターがある。
[印刷機の歴史]
 ドイツのJ.グーテンベルクが活版印刷術を発明したとき(15世紀中ごろ)使用した印刷機は,ブドウをしぼるために用いた圧搾器を利用したものであった。機械というにはあまりに簡単な装置であるが,現在の印刷機の原点として評価される。…

【著作権】より

… やがて活版印刷術が開発され,新しい時代を迎える。15世紀,ドイツのマインツでヨハン・グーテンベルクの発明した活版印刷術が急速にヨーロッパの各地に広まるにつれ,著作物に関して財産的な権利を認める思想が芽生えてくる。もっとも,当初は,聖書や古典の印刷がふつうであったから,著作物または著作者ではなくて,むしろ出版者を保護するものであった。…

【マス・メディア】より

…メディウムの類語には〈記号のりものsign‐vehicle〉がある。 メディウムの大量生産は,15世紀半ばグーテンベルクによる(異説もある)印刷術の発明で可能になった。すなわち雑誌や新聞,パンフレットなどの印刷物が,最初のマス・メディアである。…

【読み書きそろばん(読み書き算盤)】より

…しかし,これらの施設はあくまでも一部のエリートのための〈ラテン語教育〉の機関であって,民衆レベルでの読み書きそろばんの普及に貢献するものではなかった。また,15世紀中葉J.グーテンベルクによって金属活字印刷術が発明され,ヨーロッパの各地に続々と印刷工房が生まれたが,手写本と比較してはるかに安価に製作された印刷本にしても,当初は教会や学者・学生を対象にしたもので,その大半は民衆の日常生活とは無縁のラテン語書で占められていた。ラテン語教育
[16~18世紀]
 民衆の読み書きそろばんの歴史において著しく貢献したのは,宗教改革以後のプロテスタント教会とカトリック教会である。…

※「グーテンベルク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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