日本大百科全書(ニッポニカ)「コリン」の解説
コリン
こりん
choline
窒素を含む強塩基性化合物。トリメチルエタノールアミン、ビリノイリンともいう。組成式は[C5H14NO]+、示性式は[HOCH2CH2N+(CH3)3]。分子量は104.17。1849年ドイツの有機化学者ストレッカーAdolph Friedrich Ludwig Strecker(1822―1871)が初めてブタの胆汁から単離したので胆汁のギリシア語コールcholeからコリンcholineと命名した。遊離の状態または生体物質の構成成分として動植物界に広く分布する。卵黄や細胞膜の主要成分であるフォスファチジルコリン(後述)や脳組織に存在するスフィンゴミエリン(後述)の構成成分。神経伝達物質の一種であるアセチルコリンの構成成分。
フォスファチジルコリン、スフィンゴミエリンは構造上リン脂質(脂質とリン酸がエステル結合した物質の総称)に属する。リン脂質は、以下の二つに分類される。
(1)グリセロール(グリセリンともいう。炭素数3の炭素鎖にヒドロキシ基-OHが3個ついた化合物)を基本骨格とするグリセロリン脂質
(2)スフィンゴイド(炭素数18~20の炭素鎖にアミノ基-NH2とヒドロキシ基-OHがついた構造をもつ化合物の総称。炭素20のものをスフィンゴシンという)を基本骨格とするスフィンゴリン脂質
フォスファチジルコリン(レシチンともいう)は(1)のグリセロリン脂質に属し、グリセロールの1位と2位のヒドロキシ基にそれぞれ脂肪酸が脱水結合し(これをジグリセリドという。脂質の一種)、さらに3位のヒドロキシ基にリン酸が脱水結合し、そのリン酸にさらにコリンが脱水結合した構造をもつ(ジグリセリドにリン酸が脱水結合した化合物をフォスファチジン酸という。フォスファチジルコリンはフォスファチジン酸にコリンが結合した化合物である)。フォスファチジルコリンは哺乳(ほにゅう)動物組織では、全リン脂質の30~50%を占め、生体膜の主要構成要素である。
一方、スフィンゴミエリンは(2)のスフィンゴリン脂質に属し、スフィンゴイドのアミノ基に脂肪酸が結合し(これをセラミドという。脂質の一種)、ヒドロキシ基にリン酸とコリンが結合した構造をもつ。スフィンゴミエリンは脳組織をはじめ広く臓器組織に存在する。
また、神経伝達物質の一種であるアセチルコリンはコリンのヒドロキシ基(HO-)のHがアセチル基(CH3CO-)で置換されたものである。
コリンはセリンとメチオニン(両者ともアミノ酸)を原料として生合成される。コリン欠乏により脂肪肝のほかに腎臓(じんぞう)障害、成長抑制などがみられる。そのため抗脂肪肝因子として水溶性ビタミンに分類されることもあるが、メチオニンを十分にとれば欠乏することはない。トリメチルアミンとエチレンクロロヒドリンあるいはエチレンオキシドから化学合成される。粘りのある強アルカリ性液体で空気中のCO2を吸収する。水、エタノールによく溶けるが、エーテルには不溶。
[徳久幸子]
生体との関係
抗脂肪肝因子としてみいだされたものであるが、必須(ひっす)アミノ酸のメチオニンでもこの作用があり、またメチオニンを多く含むタンパク質をとっていれば、体内でコリンが合成されるため、とくにビタミンとしてとる必要はない。欠乏すると、脂肪肝のほかに、腎臓障害、成長抑制などがみられる。コリン欠乏食では肝癌(がん)の発生を促進するという報告もある。コリンは、生体膜を構成しているリン脂質の成分として不可欠であり、細胞膜だけでなく、細胞内器官であるミトコンドリアや小胞体の膜成分としても重要な働きをしている。すなわち電子伝達系やタンパク合成にまでかかわっているといえよう。神経組織にはこのリン脂質が多く含まれており、とくにアセチルコリンは神経刺激伝達物質として重要な役割を果たしている。
[木村修一]