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コルベール コルベール Colbert, Jean-Baptiste

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コルベール
コルベール
Colbert, Jean-Baptiste

[生]1619.8.29. ランス
[没]1683.9.6. パリ
フランスの政治家,財政家。ルイ 14世親政下の財務総監として重商主義的政策 (→コルベールティスム ) を推進した政治家として知られる。ランスの毛織物商人の家に生れる。 J.マザランに仕え,その死後,政敵 N.フーケを失脚させ 1665年財務総監となる。

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コルベール
コルベール
Colbert, Claudette

[生]1903.9.13. フランス,パリ
[没]1996.7.30. バルバドス,コブラーズコーブ
アメリカ合衆国の舞台・映画女優。本名 Lily Claudette Chauchoin。1910年頃,家族とともにニューヨークに移住。服飾デザインを学んでいた 1923年,端役でブロードウェーの舞台に立った。

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デジタル大辞泉の解説

コルベール(Jean-Baptiste Colbert)

[1619~1683]フランスの政治家・財政家。ルイ14世に仕え、財政改革を行い、国内商工業の育成、植民地獲得、海軍増強などの重商主義政策を推進。この政策によりフランスは、イギリスオランダと対抗しうる強国となった。

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百科事典マイペディアの解説

コルベール

フランスの政治家。商家の出身で初めマザランの家令。ルイ14世親政下に1665年以降財務総監その他の要職を兼ね,外交・軍事以外の全行政に関与した。その重商主義政策は〈コルベルティスム〉の名で知られ,徹底した保護貿易政策,東西両インド会社の設立,海運業の振興,国内基幹産業部門での特権マニュファクチュア設立,一般産業に対する統制強化を内容としている。
→関連項目アカデミー・デ・シアンスカロンル・ブランルーボア

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デジタル大辞泉プラスの解説

コルベール

《Colbert》フランス海軍の装甲艦。1875年9月竣工、1876年就役。木造の装甲艦で、排水量は約8,750トン。コルベール級の1番艦。同型艦に、トリダンがある。1910年退役。

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世界大百科事典 第2版の解説

コルベール【Jean‐Baptiste Colbert】

1619‐83
フランスの政治家。生家はランスの毛織物商であったが,後に財政事業にも関与し,政府要人に接触していった。初め陸軍局に入り,宰相マザランに認められ,彼を補佐して財務監督官の職をえた。財務長官フーケと対立し,その手続不備を公金横領と弾劾し,国王ルイ14世に報告して失脚させ(1661),国王の信をえてその後身たる財務総監contrôleur général des financesに任ぜられ,ル・テリエリオンヌHugues de Lionneとともに〈三頭支配〉をしく。

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大辞林 第三版の解説

コルベール【Jean-Baptiste Colbert】

1619~1683) フランスの政治家。ルイ一四世の財務総監として重商主義政策を推進。国家財政の確立、貿易・産業の振興を図る一方、アカデミーを創設し学芸保護にも熱意を示した。

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世界大百科事典内のコルベールの言及

【アカデミー・デ・シアンス】より

…ルイ14世の宰相J.B.コルベールの肝いりで1666年に創設されたフランスの科学アカデミー。フランス革命に際して1793年いったん廃止されたが,95年,フランス学士院の一部として復活し,名称も当初のアカデミー・ロアイヤル・デ・シアンスAcadémie royale des Sciencesから現在の名に変わった。…

【ゴブラン織】より

…また,すぐれた織匠だけではなく,すぐれた下絵画家の必要も叫ばれ,ルイ13世(在位1610‐43)時代には当代一流の画家S.ブーエが王の下絵画家に任命された。 62年,ルイ14世時代に,宰相コルベールはゴブラン家の館を王の名で買い取り,67年ここに王立家具製作所Manufacture des meubles de la Couronneを設立し,画家C.ル・ブランを総監督に任命した(ここでは,タピスリーばかりでなく,家具,金銀・宝石細工など王家用の調度品すべてが生産されることになった)。パリの各地に散在していたタピスリー工房はすべてここに集められ,ル・ブランの厳格な監督のもとにおかれ,徒弟のための学校も設置された。…

【サロン】より

…この名は,展覧会がルーブル宮殿の〈サロン・カレsalon carré(四角の間)〉で開かれたことに由来する。最初のサロンは,J.B.コルベールの発案によって王立アカデミーの主催で1667年に開かれ,以来2年ごとに行われたが,やがて不規則になり,1737年より再び隔年ないしは毎年開かれるようになった。出品者は17~18世紀を通じてアカデミーの会員か準会員,あるいは美術学校の教官に限られ,その範囲では自由に出品できたが,1748年より出品作の検閲が始まり,おもに道徳面でのチェックを行った。…

【ニューフランス】より

…第2期には,フランス首相リシュリューによって組織されたニューフランス会社の指揮の下に植民地の発展が期待されたが,これも進歩をみなかった。そこで第3期には,フランス蔵相コルベールの指揮の下に植民地はフランス国王の直轄するところとなり,総督,地方長官,司教の形成する地方政府の樹立とフランス正規軍の派遣が行われた。この第3期では,フロンテナク総督(1672‐82,1689‐98),J.B.タロン地方長官(1665‐68,1669‐72),F.ラバル司教(1659‐1688)らが実権を握った17世紀後半が最盛期とされる。…

【ローマ賞】より

…コルベールが創設したフランスの若い芸術家に与えられる賞で,ローマのフランス・アカデミー(1803年よりビラ・メディチ)への約3年間の留学を伴うもの。1663年以来,形を変えつつ今日まで続いている。…

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