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コワレフスカヤ コワレフスカヤ Kovalevskaya, Sof'ya Vasil'evna

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コワレフスカヤ
コワレフスカヤ
Kovalevskaya, Sof'ya Vasil'evna

[生]1850.1.15. モスクワ
[没]1891.2.10. ストックホルム
ロシアの数学者,作家。父は軍人。 1868年に古生物学者 V.コワレフスキーと結婚し,ともにドイツで勉学を続けた。当時女性は大学で公に講義を聞けなかったので,ベルリンで私的に K.ワイエルシュトラスの指導を受けた (1871~74) 。

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デジタル大辞泉の解説

コワレフスカヤ(Sof'ya Vasil'evna Kovalevskaya)

[1850~1891]ロシアの数学者。ストックホルム大教授。近代初の女性大学教授。偏微分方程式に関する論文と、ラプラスの土星の環の形状に関する数学的理論により、ゲッティンゲン大学の博士号取得。文学的才能にも恵まれ、「自伝と追想」などを残す。

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百科事典マイペディアの解説

コワレフスカヤ

ロシアの女性数学者。1868年古生物学者V.コワレフスキー〔1843-1883〕と結婚して共にドイツに留学,ベルリン大学ワイヤーシュトラスに学ぶ。偏微分方程式論,剛体回転運動を研究。

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世界大百科事典 第2版の解説

コワレフスカヤ【Sof’ya Vasil’evna Kovalevskaya】

1850‐91
ロシアの数学者。20世紀以前におけるもっとも偉大な女性数学者といわれている。早くから数学に才能を発揮,18歳のとき契約結婚の形でロシアを出国してドイツに渡った。1869年ベルリンに移り,当時の解析学の世界的指導者であったK.ワイヤーシュトラスに師事する幸運に恵まれた。74年,偏微分方程式アーベル積分,土星の環についての三つの研究を完成し,このうち第1のものが国際的にも高い評価を受け,75年ゲッティンゲン大学から異例の手続によって学位が授けられた。

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大辞林 第三版の解説

コワレフスカヤ【Sof'ya Vasil'evna Kovalevskaya】

1850~1891) ロシアの女性数学者。高等教育を受けるため契約結婚をしてドイツに出国、ワイエルシュトラスに師事。偏微分方程式を研究。文才に富み「自伝と追想」などを残す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コワレフスカヤ
こわれふすかや
Софья Васильевна Ковалевская Sof'ya Vasil'evna Kovalevskaya
(1850―1891)

ロシアの数学者。モスクワの生まれ。少女時代から数学に興味をもち、外国での勉強を望んだが、未婚のままで国外へ出ることを父に拒まれた。そこで18歳のとき、海外留学予定者コワレフスキーVladimir Onufrievich Kovalevski(1842―1883)と名義だけの結婚をして、ドイツのハイデルベルクへ行き、以後、二人は別行動をとった。数学者ケーニクスベルゲルLeo Knigsberger(1837―1921)に師事したのち、1870年からワイアシュトラースにアーベル関数に関する個人指導を受けた。コワレフスカヤの進歩は著しく、充実した研究生活を送った。この間の業績のうちでもっとも有名なのは偏微分方程式の研究で、これに対して1874年秋ゲッティンゲン大学から学位を授与された。
 1876年、父の死去を機に変則的な結婚から正式の結婚へ転じたが、ほどなく別居生活を始め、1883年3月、夫の自殺を契機に、ストックホルム大学長の招きを受けてこの大学の講師となった。当時は女性の聴講すら許されない状況であり、彼女や学長への非難は激しかったが、1888年パリ科学アカデミーが彼女にボルダン賞を授与したことにより、世間の評判もよくなった。まもなく教授になり、1891年2月に教授として初講義をしたが、数日後に、かぜがもとで他界した。[小堀 憲]
『野上弥生子訳『ソーニャ・コヴァレフスカヤ(自伝と追想)』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内のコワレフスカヤの言及

【数学】より

…微分方程式は17世紀以来応用数学の主役を占め,オイラーらはある種の偏微分方程式をも解いていたが,19世紀にはコーシーらにより偏微分方程式の場合も含めて解の存在などに関する一般論が扱われるようになった。後者についてのS.コワレフスカヤによる〈基本定理〉が発表されたのは1875年であった。
[現代の数学]
 20世紀の初頭には,数学の性格はほぼ明らかとなり,その進展は加速度的となっていた。…

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