サントーメ・プリンシペ(英語表記)São Tomé e Príncipe

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サントーメ・プリンシペ」の意味・わかりやすい解説

サントーメ・プリンシペ
São Tomé e Príncipe

正式名称 サントーメ・プリンシペ民主共和国 República democrática de São Tomé e Príncipe。
面積 1001km2
人口 21万4400(2021推計)。
首都 主島サントーメ島北東岸のサントーメ。

アフリカ大陸西岸沖にある島国ガボンの首都リーブルビル沖合い約 300km,ギニア湾南東部に浮かぶサントーメ島(面積 859km2)と,その北東方約 150kmのプリンシペ島(面積 142km2),およびその周辺の 4小島からなる。両島とも火山起源で中西部が高く,平地は北東部と南東部にかぎられる。最高峰はサントーメ島のピコデサントーメ山(2024m)。南西からの湿った風が高い山にさえぎられるため,サントーメ島の南西部は一年を通じて雨が多く,年降水量 7000mm。北東部は 6~9月が乾季で,年降水量 750mm程度。海岸部は年平均気温 30℃近く,湿度 80%前後と蒸し暑いが,標高 700m以上の地域では気温が低く,夜は 10℃以下になる。人口の 90%以上がサントーメ島に集中。おもな住民は,奴隷であったアフリカ人(→バンツー語系諸族)と入植ヨーロッパ人の混血。カトリック教徒が約 8割を占め,残りの多くもプロテスタント。公用語はポルトガル語。1470年代にポルトガル人が到来,当時は無人島であったが 15世紀末にポルトガルが入植者を移住させるとともにアフリカ大陸から奴隷を送り込みサトウキビ栽培に着手,世界有数の砂糖の産地,大西洋航路の補給基地として繁栄した。1641年,一時オランダ占領。16世紀後半に砂糖の主産地がブラジルに取って代わられるとブラジルへの奴隷送出地となったが,1822年にブラジルが独立すると主産業をコーヒーとカカオに転じ,20世紀初めには世界最大のカカオ産地となった。しかし第1次世界大戦後には生産が落ち込み,衰退した。1951年からポルトガル海外州となり,その後独立運動はあったが戦闘にまではいたらず,1975年独立。1990年8月の国民投票で多党制移行を決定,1991年の総選挙で一党独裁は終わった。主産物はカカオ,コーヒー,コプラ,パーム油,パーム核などで,サントーメ港から輸出農地は少数企業によるプランテーション農業に占められていたが,20世紀末までの農地改革で多くが解体された。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「サントーメ・プリンシペ」の解説

サントーメ・プリンシペ
São Tomé e Príncipe

西アフリカガボン沖のサントーメ島,プリンシペ島を主とする共和国。1470年代にポルトガル人が発見,アフリカ各地から黒人を移送し開発。大西洋奴隷貿易の中継基地になった。1975年7月独立。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

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