コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

サン・キュロット サンキュロット

2件 の用語解説(サン・キュロットの意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

サン・キュロット

フランス革命の推進に大きな役割を果たした民衆層の呼名。語義はキュロット(当時の貴族・ブルジョアの服装である膝(ひざ)までのズボン)をはかぬ者という意味で,主として革命期の手工業者,小商店主,初期工場労働者らから成る幅広い社会層をさす。
→関連項目革命暦キュロット恐怖政治ジャコバン・クラブ大恐怖マラ

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サン・キュロット
さんきゅろっと
sans-culotteフランス語

フランス革命期の小ブルジョアジーの呼び名。ブルジョアジーから疎外された都市の小商店主、小親方、職人をさし、ひいては農民をも含むこととなる。この名はもともと、当時の上層階級、貴族やブルジョアジーが着たキュロット(半ズボン)ではなく、長ズボンを着ていた小ブルジョアジーが「キュロットなし」つまり「サン・キュロット」という蔑称(べっしょう)を与えられたことに発するのであるが、これを逆手にとってむしろ誇りをもって自称としたもの。
 彼らは、雇用労働に頼らない小規模の独立自営を理想として追求するため、封建社会打倒後の新しい社会をつくろうとまっしぐらに資本主義を目ざし、雇用労働を必須(ひっす)の条件とする大規模・大経営コースをとるブルジョア的理想とは対立するものであった。この二つの路線は、自由主義対平等主義、モンテスキュー主義対ルソー主義といった形で表面化するが、ブルジョアジーが指導し、サン・キュロットがそれを推進し、協力するということが続く限り、革命は前進したといいうる。革命期の種々の民衆運動中、1789年7月のバスチーユ攻撃、同年10月のベルサイユ行進、92年8月10日の人民蜂起(ほうき)、93年5月31日~6月2日の蜂起はおおむね両者の協力が成立していたということができるが、91年7月17日のシャン・ド・マルスの虐殺、92年6月20日の蜂起などではサン・キュロットのみの運動で大きな効果をもちえなかった。93年の蜂起で権力を握った山岳派(モンタニャール)が小ブルジョア独裁をとってからは、ブルジョアジーとの協力は破れ、しかも小ブルジョアジーのみを基盤とするアンラジェ(過激派)やエベール派といった分派が生まれ、独裁の必要上これらを抑えざるをえなくなったため、94年7月の「テルミドールの反動」でブルジョアジーが反撃に転じたとき、もろくも敗退することとなる。[樋口謹一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

サン・キュロットの関連キーワードフランカー・ブランドパワー・ブランドコロスサモワール測量船百科全書メッテルニヒルフェーブル信用経済小栗上野介忠順(ただまさ)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone