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シェフレ シェフレSchäffle, Albert Eberhard Friedrich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シェフレ
Schäffle, Albert Eberhard Friedrich

[生]1831.2.24. ニルティゲン
[没]1903.12.25. シュツットガルト
ドイツの社会学者,経済学者,政治家。テュービンゲン大学に学び,1860年同大教授,68年ウィーン大学教授となる。その間国会議員,関税議会議員をつとめ,71年にはオーストリアの K.ホーエンバルト内閣の商務相となり,実際に政策を指導したのはシェフレであったが,アンドラーシの反対にあい,内閣瓦解とともに帰国。その後『総合国家学誌』 Zeitschrift für die gesamte Staatswissenschaftを編集,研究活動に戻った。社会有機体説に立ち,経済生活を営む人間自身の究明に経済理論の根拠を求めた。主著『社会集団の構造と生命』 Bau und Leben des sozialen Körpers (1875~78) 。

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百科事典マイペディアの解説

シェフレ

ドイツの社会学者,経済学者。チュービンゲンおよびウィーン大学教授。主著《社会体の構造と生活》(1875年―1878年)で社会有機体説に立って合理的社会国家の実現を説く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シェフレ
しぇふれ
Albert Eberhard Friedrich Schffle
(1831―1903)

ドイツの社会学者、財政学者、経済学者。ウュルテンベルクに生まれ、チュービンゲン大学に学ぶ。初め神学を研究していたが、のち経済学に転じ、母校の教授(1860~1868)、ウィーン大学教授(1868~1871)を歴任。1871年にオーストリアのK・ホーエンウァルト内閣の商相に就任したが、内閣の瓦解(がかい)(同年)とともに、生地に近いシュトゥットガルトに帰り、雑誌の編集と著述に専念した。
 社会学の分野では、社会有機体説の立場をとり、生物有機体との比喩(ひゆ)を用いて社会現象を解明したが、ドイツ観念論や神知学的思想の影響を受け、精神主義的、心理学的色彩が強い。代表的著作には『社会体の構造と生活』4巻(1875~1878)がある。財政学の分野では『租税政策の原理』(1880)や『租税』(1895)などの著書で知られる。この両書の間には学説にかなりの差異があり、前者においては有機体的国家観に基づいた客観的能力主義が採用されているが、後者においては、限界効用学派の影響を受けて、主観的価値説に基づいた犠牲説の発展に向かっている。また、経済学の分野では新歴史学派に属し、改良資本主義を理想として協同組合経済を主張した。[林 正寿]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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