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シテ島 シテとうÎle de la Cité

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シテ島
シテとう
Île de la Cité

フランス北部,パリを貫流するセーヌ川に浮ぶ舟の形をした長さ約 1kmの島。ポン・ヌフなど8つの橋で川岸と結ばれ,上流側のサンルイ島との間にも橋が1つある。パリ発祥の地で,前3世紀中頃からケルト人の一部族パリジーの中心集落があった。その後,ローマ人が城塞を築き,世紀を追ってパリはセーヌ川の両岸に発展を続けたが,シテ島は常にその中心であった。現在,ノートル・ダム大聖堂 (1163~1345) ,サント・シャペル (1248) ,コンシエルジュリー (14世紀) ,裁判所,市民病院などがある。

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デジタル大辞泉の解説

シテ‐とう〔‐タウ〕【シテ島】

Cité》パリの中心部、セーヌ川の中にある島。パリ発祥の地。ノートルダム寺院などの歴史的建物がある。

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大辞林 第三版の解説

シテとう【シテ島】

〔Cité〕 パリ市の中央部、セーヌ川の川中にある島。パリの発祥地で、ノートルダム寺院がある。観光地。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シテ島
してとう
le de la Cit

フランスの首都パリの市内を貫流するセーヌ川の川中島。パリの第1、第4区に属し、パリ市揺籃(ようらん)の地。かつてケルト系のパリシイ人の町があり、古代ローマ人の到来後、町はセーヌ左岸に建設された。中世、とくにフンやノルマンの侵攻時には島全体が要塞(ようさい)と化した。カペー王朝は島の西端に王宮を建設、現在はパレ・ド・ジュスティス(裁判所。構内には礼拝堂サント・シャペル、付属監獄コンシェルジュリがある)とドーフィヌ広場(1607)となっている。かつては人家と多くの教会の密集地であったが、第二帝政期の改造により、プレフェクチュール・ド・ポリス(警視庁)、オテル・ディユ(公立病院)、裁判所、兵営など公共建造物が大部分を占める。島の東端にノートル・ダム大聖堂、その正面広場にフランスの距離原標がある。現存するパリ最古の橋ポン・ヌフ(1578~1604)など八つの橋で両岸と結ばれ、一つの歩道橋で東に連なるサン・ルイ島と結ばれている。[高橋 正]

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