翻訳|genocide
集団殺害を意味するが,語源がギリシア語のgenos(種族)とラテン語caedes(殺戮)の合成語であることから,ある国家あるいは民族(人種)集団を計画的に破壊するという意味で用いられる。ジェノサイドという語は,ポーランド人法学者レムキンR.Lemkinにより《被占領ヨーロッパにおける枢軸国の支配Axis Rule in Occupied Europe》(1944)の中で,ナチス・ドイツによるユダヤ人やジプシー等の迫害に対する非難を込めた言葉として初めて使われた。
第2次大戦中から連合国側はナチス・ドイツの残虐行為に対する処罰を唱え,1942年1月のロンドン亡命9ヵ国政府(ベルギー,チェコスロバキア,フランス,ギリシア,ルクセンブルク,オランダ,ノルウェー,ポーランド,ユーゴスラビア)による〈セント・ジェームス宣言〉は,その処罰を主要な戦争目的の一つに掲げた。その後,連合国戦争犯罪委員会の設立(1943年10月),モスクワ会談の際ローズベルト,チャーチル,スターリンにより署名された〈ドイツの残虐行為に関する宣言〉(1943年10月)等を経て,ヨーロッパ戦争犯罪人裁判に関するロンドン協定および付属〈国際軍事裁判所条例〉(1945年8月)によって枢軸国戦争犯罪人処罰の原則がつくられた。このロンドン協定では,国際軍事裁判所の管轄に属する犯罪として,(1)平和に対する罪,(2)戦争犯罪に加えて,(3)人道に対する罪をあげた。〈人道に対する罪〉とは,戦争前のまたは戦時中のすべての一般人民に対する殺人,殲滅(せんめつ),奴隷化,強制的移送およびその他の非人道的行為,もしくは政治的・人種的または宗教的理由に基づく迫害のことである(同条例6条)。人道に対する罪は,平和に対する罪および戦争犯罪の遂行として,またはこれに関連して行われたものであることが要件とされており,独立の犯罪行為としての性格は与えられていなかった。ニュルンベルク裁判では,訴因としては独立にあげられていたが,東京裁判では,訴因としても戦争犯罪と一括して取り扱われた。ニュルンベルク裁判では,〈戦争前の〉人道に対する罪は認められなかった。その後46年の第1回国連総会の議題として,レムキンの起草したジェノサイドに関する決議案が,キューバ,インド,パナマの提案で取り上げられ,総会決議96(I)(1946年11月)が採択された。決議は,ジェノサイドを国際法上の犯罪と述べるとともに,経済社会理事会に対して条約案起草のための研究を要請した。48年12月に国連総会は,〈集団殺害罪の防止および処罰に関する条約〉(通称,ジェノサイド条約)を採択した(1951年1月発効)。
ジェノサイド条約では,ジェノサイド(集団殺害)を,特定の国民的,人種的,民族的,宗教的集団を全部または一部破壊する意図をもって,(1)集団構成員を殺し,(2)重大な危害を加え,(3)肉体的破壊をもたらす生活条件を故意に課し,(4)集団内の出生防止措置を課し,(5)集団の児童を他の集団に強制的に移すこと,と規定している(2条)。平時または戦時のいずれを問わず,集団殺害は国際法上の犯罪とされ(1条),共同謀議,教唆,未遂,共犯も処罰される(3条)。行為者はその身分を問わず,行為地の国内裁判所または国際刑事裁判所により審理される(4,6条)。締約国は,犯罪者に有効な刑罰を科すための立法を行い(5条),集団殺害を政治犯罪とみなさず犯罪人引渡しを約束した(7条)。
ジェノサイド条約は,ニュルンベルク裁判および東京裁判の判決で処罰された〈人道に対する罪〉の本質的な部分を条約化し,国際刑事裁判所による裁判を予定し,個人の国際犯罪を初めて実定法化したものである。しかし,国家機関とは無関係に私人によって集団殺害が行われるとは考えられず,行為地の国内裁判所では犯人が必ず処罰されるという保証はない。また現在まで国際刑事裁判所は設置されていない。54年に国連国際法委員会が作成した〈人類の平和と安全に対する犯罪についての法典草案〉は,ジェノサイドを〈人類の平和と安全に対する犯罪〉の一つとして列挙した。68年の国連総会で採択された〈戦争犯罪および人道に対する罪に対する法令上の時効不適用に関する条約〉では,集団殺害に関して,締約国刑法の時効が適用されないとされ,ナチス犯罪の処罰を永久に可能としている。
→戦争犯罪
執筆者:西井 正弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…なお,〈人道に対する罪〉は戦後作成された諸条約によりいっそう一般化されるようになった。集団殺害(ジェノサイド)は,平時・戦時を問わず,国際法上の犯罪とみなされ(1948年〈集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約〉1条),さらに〈武力攻撃または占領による追立て〉および〈アパルトヘイト政策に基づく非人道的行為〉(1973年の〈アパルトヘイト罪の鎮圧及び処罰に関する国際条約〉1条)も人道に対する罪に含まれるに至っている。 通例の戦争犯罪についても,1949年ジュネーブ諸条約(赤十字条約)は次のような〈重大な違反行為〉を列挙した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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