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ジャルモ

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百科事典マイペディアの解説

ジャルモ

イラク北部,キルクーク東方にある初期農耕の集落遺跡。1948年からブレードウッドを中心とするシカゴ大学オリエント研究所によって調査が行われた。16の層が認められ,前後2期に分けられる。
→関連項目新石器時代タルドノア文化

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世界大百科事典 第2版の解説

ジャルモ【Jarmo】

イラク北東部,キルクーク東方のザーグロス山脈中にある,最初に発見された初期農耕村落の遺跡。食糧採集の段階から食糧生産の段階にいたる過程を究明する目的で,シカゴ大学オリエント研究所ブレードウッドR.J.Braidwood(1907‐ )が1948‐55年に発掘を行った。現在では常識となっているが,初めて考古学者が地質学・動物学・植物学などの自然科学者と共同で行った発掘で,西アジアの遺跡発掘に新時代を開いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジャルモ
じゃるも
Jarmo

イラク北東部、クルディスターンのキルクークの東方約60キロメートルにある農耕村落遺跡。深い涸(か)れ谷の断崖(だんがい)上にある。初期定着農耕時代に比定されるが、この調査によって農耕文明の起源についての問題が、「肥沃(ひよく)な三日月地帯」を中心としておこった。遺跡は16層が検出され、住居址(し)から約200人の人口であったことが推定される。小麦、ヒツジ、ヤギなどの遺物とともに、床面を掘りくぼめた穀物の貯蔵庫とみられるものも発見され、後期にはかまども発見されている。付近から産出しない黒曜石が用いられているので、各地との交易も考えられる。木製の柄(え)にナイフを詰めて鎌(かま)としたものや石臼(いしうす)などがあるため、現在では定着農耕文化の最古のものであるとみられている。ジャルモ式彩文土器とよばれる特徴ある良質の土器が出土し、赤色磨研土器も出ている。発掘者のシカゴ大学のブレイドウッドは年代について、14Cの測定のなかから紀元前6750年を選んでいるが、疑問は残っている。[糸賀昌昭]

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世界大百科事典内のジャルモの言及

【農耕文化】より


【旧大陸の農耕文化】

[麦作農耕文化]
 この文化は冬雨気候をもつオリエントのいわゆる〈肥沃な三日月地帯〉において,大麦,小麦,エンドウ,ダイコンなど,一群の冬作物を栽培化し,羊,ヤギなどの家畜を馴致することによって成立したものである。その起源はイラクのジャルモ,イランのアリ・コシュ,シリアのテル・アスワド,パレスティナのイェリコなど先土器新石器文化の遺跡の発掘により,前8千年紀から前7千年紀にまでさかのぼることが確かめられている。例えばジャルモ遺跡からは,野生種と栽培種の大麦と小麦が出土したほか,家畜化されたと思われる羊,ヤギ,豚の骨も多数出土した。…

【メソポタミア】より

…のちしだいに村落はザーグロスの丘陵などに広まる。ジャルモが典型的な遺跡であるが,ほぼ同時代のアナトリアのチャタル・ヒュユク,パレスティナのイェリコではすでに大町邑さえも成立していた。前6千年紀には東シリアのハラフ(ハラフ文化),北イラクのハッスナ(ハッスナ文化)などで,より進んだ村落文化がみられる。…

※「ジャルモ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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