チャイタニヤ(英語表記)Caitanya

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チャイタニヤ
Caitanya

[生]1485. ナバドウィープ
[没]1533. プリ
インドの宗教改革家。本名 Viśvaṃbhara Miśra。ヒンドゥー教ビシュヌ派の一つチャイタニヤ派の創始者。ベンガル地方のバラモン出身で,ビシュヌ派の改革に大きな影響を及ぼした。チャイタニヤは神の名を一心に唱えて神と一体となることだけに価値を認め,みずから恍惚状態となり,その熱烈な信仰によって多くの信奉者を得た。この派によれば最高神と個我との関係は思慮の及ぶべからざるものであるという。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

チャイタニヤ

インドの宗教思想家。ヒンドゥー教のビシュヌ派の一分派チャイタニヤ派の開祖。ベンガル地方で新たにクリシュナ・ラーダー崇拝の宗教運動を始めた。奉仕の実践を尊び,愛の精神を強調した。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

チャイタニヤ【Caitanya】

1485‐1533
ヒンドゥー教チャイタニヤ派の開祖。ベンガル州ナバドビーパの出身。22歳のころ父の菩提を弔うためにブッダガヤーに行き,そこでイーシュバラ・プリーに師事,出家の決心をしたが,再びナバドビーパに帰って《バーガバタ・プラーナ》を教えた。その間にニトヤーナンダが加わり,両人は他の協力者とともに賛歌kīrtanaを合唱し,終日太鼓やシンバルなどにあわせて歌い踊る詠歌行進を行い,クリシュナ・ラーダーを崇拝する熱狂的な宗教運動を起こした。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チャイタニヤ
ちゃいたにや
Caitanya
(1485―1533)

ヒンドゥー教ビシュヌ派の一派チャイタニヤ派の開祖。東インドのベンガル地方の出身である。司祭者階級の儀礼主義を批判して、愛の精神を強調し、クリシュナ神とその愛人ラーダーを崇拝する熱狂的な宗教運動をおこした。賛歌を合唱して、歌い踊りながら行進する詠歌行進(サンキールタナ)を創始し、彼自身、熱狂のあまり、行進の途中でしばしば失神したと伝えられている。著作は残さなかったが、彼の教学は、ニンバールカのベーダーンタ説に近かったとされている。[島 岩]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のチャイタニヤの言及

【インド文学】より

…前者の代表作としてボル・チョンディダシュ(バル・チャンディーダースBaru Caṇḍīdās)の《クリシュナ神賛歌》,チョンディダシュやビッダポティ(ビディヤーパティBidyāpati)の抒情詩。16世紀前半のチョイトンノ(チャイタニヤ)による宗教改革の後,この派の抒情詩文学は全盛時代を迎え,16世紀後半にはゴビンドダシュ(ゴービンドダース),ギャンダシュ(ジュニャーンダース)らの優れた詩人を輩出した。またチョイトンノの伝記を扱ったクリシュノダシュ(クリシュナダースKṛṣṇadās)の《チョイトンノ不滅の生涯》もこの時期の傑作である。…

※「チャイタニヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

出入国在留管理庁

政府が2019年4月に発足を予定している法務省の外局。18年12月の出入国管理法改正案成立に伴う外国人労働者の受け入れ拡大に対応するため、同省の内部部局である入国管理局を再編・格上げし、新設することが...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android