改訂新版 世界大百科事典 「ツングース諸語」の意味・わかりやすい解説
ツングース諸語 (ツングースしょご)
Tungus
ツングース族の固有の言語。ツングース・満州諸語ともいう。ツングース族はいくつかの部族に分かれ,ロシアの東シベリア,中国黒竜江省,内モンゴル自治区北部,新疆ウイグル自治区西部,モンゴル北部に分布するが,ツングース族のうちには固有の言語を使わず,他の言語を話す者が今日かなり多く,ツングース諸語を母語として話す者の総数は6万内外と推定される。
分類と分布
ツングース諸語には次のものがあり,これらはすべて同じツングース祖語に由来するとみられる。A群:(1)エベン語Even(またはラムート語Lamut),(2)エベンキ語Evenki(狭義のツングース語),(3)ソロン語Solon,(4)ネギダール語Negidal。B群:(5)ウデヘ語Udehe,(6)オロチ語Orochi。C群:(7)ナナイ語Nanai(またはゴリド語Gol'd),(8)オルチャ語Olcha(またはウリチ語Ul'chi),(9)ウイルタ語(オロッコ語)。D群:(10)満州語,(11)女真語(女真文字)。以上4群に分類され,各群内の言語は親縁関係がとくに近いとみられる。
(1)はエベン族の言語で,レナ川右岸から東,ヤナ川,インジギルカ川,コリマ川などの地方,オホーツク海北岸,カムチャツカ中部,チュコート半島に近いアナディル付近などに分布する。(2)はエベンキ族の言語。エニセイ川地方から東,エベンキ自治管区とその周辺,バイカル湖の北の地域,ビチム川,オリョークマ川,アルダン川上流,ゼーヤ川上流,ブレヤ川の諸地方,オホーツク海西岸のアヤン・チュミカン地方,サハリン北部,興安嶺,セレンガ川上流などに分布する。(3)は内モンゴルのハイラル近くや興安嶺地方でソロン族が,(4)はアムール川下流とその左岸支流アムグニ川でネギダール族が使う。(5)はシホテ・アリン地方のウスリー川右岸支流などでウデヘ族が,(6)はシホテ・アリン北部でオロチ族が話す。(7)はナナイ族の言語で,松花江下流,ウスリー川およびこれより下流のアムール川の地方に分布,(8)はアムール川のそれよりさらに下流の地方でオルチャ族(ウリチ族)が,(9)はサハリン中部,北部でウイルタ族が話す。(10)は満州に興起し,清(1616-1912)を建国した満州族の言語。かつては中国に広くひろがったが,今は黒竜江省の数地点のほか,シベ(錫伯)族(シボ族)によって新疆ウイグル自治区のチャプチャルシベ(察布査爾錫伯)自治県で話される。(11)は金(1115-1234)を建国した女真族の言語。明の時代にもなおおこなわれた。(2)と(10)が今日話し手の数が最も多く,どちらもおそらく2万数千余と推定される。(1)(2)の分布地域は非常に広く,また(10)は元来の分布地域から遠くへだたった地にも分布するが,ツングース諸語の他の多くはアムール川下流,シホテ・アリンに密集している。今日の中国では,中国に分布するツングース諸語を,鄂温克語,鄂倫春語,赫哲語,満語,錫伯語に大別するが,このうち中国でいう鄂温克語にはエベンキ語のほか,ソロン(中国では索倫と書く)語もふくめられている。鄂倫春語もエベンキ語の一種である。赫哲語はナナイ語のこと,満語は満州語のこと,錫伯語はシベ族の話す満州語である。
特徴
ツングース諸語の単語内における母音(音素)のあらわれ方には母音調和とよばれる制限があり,いわゆる男性母音(たとえばa,o)と女性母音(たとえばə)が通常同一の語の中に共存しない。ツングース各言語は母音の調音的・音響的性質も母音の数も互いに異なるので,母音調和も細かい点は各言語により異なる。ツングース諸語の多くでは,たとえばiが中性母音としていずれの母音とも共存する。単語は語幹だけからなるか,またはこの要素に接尾辞や語尾の付属的要素がついて成り立っており,要素間の境目が一般には明確に認められ,いわゆる膠着語的構造をもっている。日本語で名詞が相異なる助詞をともなって用いられるように,ツングース諸語でも同じ名詞語幹に異なる語尾がついて名詞変化をおこなう。動詞も一つの語幹に相異なる語尾をつけて動詞変化をする。文の中の単語の順序は,一般には主語・目的語・述語動詞となる。また修飾語は被修飾語の前にくる。
ツングース諸語には,ツングース祖語から継承した共通の多くの単語がある。しかしモンゴル(蒙古)語からの借用語も多い。ヤクート語に隣接するエベンキ語,エベン語の方言には,ヤクート語からの借用語も多い。南の満州語には中国語からの多くの借用語があり,それはアムール川下流,シホテ・アリン,サハリンのツングース諸語にも入っている。今日ロシア領のツングース諸語にはロシア語からの多くの借用語が入っている。女真語は女真文字で書かれた。12世紀以来の女真語の碑文や文書が今日残っている。満州語は満州文字をもち,それで書かれた17世紀以来の多くの文献がある。その他のツングース諸語は古くは固有の文字をもっていなかった。エベンキ語,エベン語の最古の資料は17世紀のヨーロッパ人による単語などの記録である。アムール川下流,シホテ・アリン地方のツングース諸語の記録資料はだいたい19世紀以後のものである。ただし,オルチャ語は,18世紀末以来の江戸時代の日本人がかなで書き取った単語の記録があり,これは当時山丹(さんたん)語とよばれた。ウイルタ語は19世紀半ばの日本人による記録資料が最も古い。ロシア領のエベンキ語,エベン語,ナナイ語,ウデヘ語は1930年代に,はじめラテン文字(ローマ字)で,のちロシア文字でそれぞれの言語を書く文語(書写語)をもつようになったが,ウデヘ語の文語は今日使われなくなった。ツングース諸語は,モンゴル諸語,チュルク諸語と親縁関係をもち,これらは同じ祖語に由来する言語であるとし,アルタイ語族・アルタイ諸語とよぶ一つの語族をなすとの説があるが,これら3言語(群)は相互間に借用関係はあるが,親縁関係はないとの説もある。
執筆者:池上 二良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報