ドイツ騎士団(読み)ドイツきしだん(英語表記)Deutscher Orden; Teutonic Knights

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

1198年十字軍時代,聖地に発生した三大宗教騎士団の一つ。チュートン騎士団とも呼ばれる。ラテン名 Ordo Domus Sanctae Mariae Teutonicorum。第3次十字軍のアッコン包囲の際,リューベック,ブレーメン出身のドイツ商人が 1190年に設立した病院がその発端となった。やがて他の団体と合併し有力となり,神聖ローマ皇帝から広大な領土寄進を受け,ドイツ帝国内の一勢力となった。 1226年ポーランドのマゾフシェ公コンラットの招きでワイクセル川下流の異教徒プロシア人征服,その後も領土を広げ,バルト海沿岸の一大勢力となった。 15世紀にポーランドと戦って敗れ,領土の西半分を奪われたうえ,残部の東プロシアもポーランド王の宗主権下に置かれた。 16世紀には宗教改革を行なって世俗領邦となり,後年プロシア王国の重要部分を形成した。

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デジタル大辞泉プラスの解説

中世ヨーロッパで組織された宗教騎士団のひとつ。12世紀末の第3次十字軍の際に創設されたドイツ兵のための病院を起源とする。「チュートン騎士団」とも。

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大辞林 第三版の解説

騎士修道会の一。1190年の第三回十字軍で活躍。一三世紀以降東方植民の先頭にたち領土の拡大に寄与。ドイツ騎士団領は、プロイセンの基礎となった。

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精選版 日本国語大辞典の解説

中世の三大宗教騎士団の一つ。一一八九年、第三次十字軍時代に小アジアで傷病者救護のために創設。一三世紀はじめから一四世紀にかけてドイツの東北、バルト海地方を開拓したが、一五世紀初頭から衰えはじめ、一五二五年にはルター派をいれて世俗公国となって、騎士団本来の使命を終えた。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

十字軍時代に設立された三大宗教騎士団の1つ
正確にはドイツ騎士修道会という。1190年,第3回十字軍の際,アッコンで傷病者救護のために設立された。13世紀にはドイツの北東,バルト海地方の異教徒改宗事業にのり出し,同時に進行していた東方植民運動の中心となってプロイセン地方を領有した。15世紀にはその教化事業も終わって存在理由を失い,1525年に世俗領主となり,のちのプロイセンの起源となった。

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世界大百科事典内のドイツ騎士団の言及

【ドイツ騎士修道会】より

…十字軍時代に成立した騎士修道会の一つ。ドイツ騎士団とも呼ばれる。武装した騎士と修道士という本来矛盾する二つの性格を併せもった騎士修道会の出現は,ヨーロッパ中世後期の社会の混迷の一つの表現でもあった。…

※「ドイツ騎士団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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