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ニエプス ニエプス Niepce, Joseph-Nicéphore

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ニエプス
ニエプス
Niepce, Joseph-Nicéphore

[生]1765.3.7. シャロンシュルソーヌ
[没]1833.7.5. シャロンシュルソーヌ
フランスの写真発明家。富裕な家に生れた。一時軍隊に属したこともあったが,病弱だったため故郷に帰り,研究に没頭した。 1807年兄弟で内燃機関を発明。 13年フランスで石版術が流行しはじめ,彼も興味をもち,この研究から彼がヘリオグラフと呼んだ写真術を発明した (1816) 。

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デジタル大辞泉の解説

ニエプス(Joseph Nicéphore Niépce)

[1765~1833]フランスの化学者・発明家。瀝青(れきせい)の感光性を利用して写真製版に成功。ダゲール銀板写真術完成にも協力した。

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百科事典マイペディアの解説

ニエプス

フランスの発明家,写真技術の開拓者。シャロン・シュル・ソーヌ生れ。ナポレオン軍に従軍するが,病気のため除隊。以降,ニースに移住する。1801年生地に戻り石版術を研究していたが,その研究は写真術に移行し,アスファルトの一種がもつ感光性を利用してヘリオグラフィーを開発した。
→関連項目写真

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世界大百科事典 第2版の解説

ニエプス【Joseph Nicéphore Niépce】

1765‐1833
フランスの写真の先駆者,写真製版の発明者。シャロン・シュル・ソーヌに生まれ,物理学を学び,フランス革命には軍人として戦争に参加した。ニエプス石版印刷に興味をもち,版面に原稿を手書きする代わりに原稿を光線で焼き付けることを研究した。すなわち磨いた石版面にアスファルトをラベンダー油に溶かして塗り,乾かしてから原稿を密着して太陽光で焼き付けた。この版面を薬液で洗うと感光した部分は溶けず,未感光部分が流れて原稿の写しができた。

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大辞林 第三版の解説

ニエプス【Joseph Nicéphore Niépce】

1765~1833) フランスの写真術の先駆者・写真製版の発明者。瀝青れきせいの感光性を利用して印刷版を作ることに成功。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ニエプス
にえぷす
Joseph Nicphore Nipce
(1765―1833)

フランスの写真術発明者。ブルゴーニュ地方のシャロン・シュル・ソーヌに生まれる。兵役に服したのち、兄のクロードClaude Nipce(1763―1828)と発明に凝り、内燃機関などを考案するが、いずれも実用に至らず、リトグラフ(石版画)にヒントを得て、カメラ・オブスキュラの像を自動的に製版することを思い付き、研究を重ねる。1822年ごろから、上質のアスファルトが光に当たると油に溶けやすくなる性質を利用して、1826年夏、史上初の写真術「ヘリオグラフィ」heliographie(「太陽の描く絵」の意のラテン語)に成功。しかし、この方法は実用には適さず、1829年パリのダゲールと研究の提携を約したが、ダゲールのダゲレオタイプ(銀板写真)完成を待たずに没した。[平木 収]

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世界大百科事典内のニエプスの言及

【カメラ】より

… これまで述べてきたカメラ・オブスキュラは映像を見ることはできても,それを保存することはできなかった。もちろん,そのためには感光材料の発明を待たなければならないのであるが,19世紀に入ると,フランスのJ.N.ニエプスが1826年,アスファルトでコートされたピューター(スズ合金の一種)板を用いてカメラ・オブスキュラによる光学像の撮影に成功した。被写体はニエプスの家の窓から見える屋根で,露出時間は8時間であった。…

【写真】より

…たとえば,初めて写真を見た人々が,写真に写された舗道の敷石の数や形が現実と寸分の違いもないことに驚嘆したという話や,1人の肖像を撮るのも2人以上何人撮るのも同じ時間でできるという初期の営業写真家の宣伝文句は,のちに写真の用途が多方面に繰り広げられてゆく前段階の挿話として,きわめて象徴的である。 最初の実用的な写真術としてダゲレオタイプが公表されたのは,1839年8月にフランス学士院で催されたアカデミー・デ・シアンス(科学アカデミー)とアカデミー・デ・ボザール(美術アカデミー)の合同会議の席上であったが,このほかにも多くの研究家(J.N.ニエプス,W.H.F.タルボット,ベイヤール,ウェッジウッド,ハーシェル等)がほぼ同時期におのおのの考案を前後して開発していた。それぞれに方法は違っていても,それらが芸術への利用を目的として開発されている点は同じであったし,後続する写真の開拓者たちの場合も,目標はつねに芸術表現の可能性に向けられていた。…

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