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ネーピア(男) ネーピア[だん]Napier, William John, 8th Baron of

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネーピア(男)
ネーピア[だん]
Napier, William John, 8th Baron of

[生]1786
[没]1834. マカオ
イギリスの海軍軍人。 1803年海軍に入隊し,09年大尉,12年中佐,14年大佐に昇進,『エルン』号の艦長となる。 22年牧羊経営に関する論文を発表し,23年8代男爵として父の跡を継ぐ。 33年中国貿易の首席監督官に任命された。

ネーピア(男)
ネーピア[だん]
Napier, Robert Napier, 1st Baron

[生]1810.12.6. セイロン,コロンボ
[没]1890.1.14. イギリス,ロンドン
インドで活躍したイギリス陸軍元帥。セイロン(→スリランカ)駐留砲兵士官チャールズ・フレデリック・ネーピアの子で,イギリス東インド会社のアディスコーム軍学校に学び,1831年から東ジャムナ水路の灌漑事業で働いた。1845年に第1次シク戦争(→シク戦争)が勃発するとサトレジ軍の工兵隊指揮官として従軍した。1848~49年の第2次シク戦争ではムルタン包囲戦を指揮し,グジャラートの戦いでパンジャブ軍の工兵隊を率いた。1849~51年パンジャブ行政委員会で土木技師として道路,水路,橋,建物,国境警備関連の公共事業に従事。1857年のインド大反乱(セポイの反乱)の際はラクノー救援隊の主任技官として,インド人傭兵セポイに対する積極的な防御作戦を指揮した。のちに最終作戦の指揮官を任ぜられ,バス二等勲爵士を授与された。1860年の中国遠征で指揮下の師団がハイ(海)河北方の陣地を陥落させて北京へ進軍し,朝を降伏させた(→天津条約)。1863年11~12月,インド総督を代行。1867年中将に昇進し,エチオピア遠征隊長を務め 1868年皇帝テオドロス2世を倒した。1868年に初代マグダラのネーピア男爵に叙された。1870~76年インド駐留軍総司令官。1876~82年ジブラルタル総督。1883年にイギリス陸軍元帥に就任した。

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