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バシリカ バシリカ basilica

翻訳|basilica

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バシリカ
バシリカ
basilica

(1) キリスト教以前のローマ時代の建造物の形式。長方形の平面をもち,法廷や商取引などさまざまの目的のためにつくられた。前 184年カトーがローマに建てたもの (バシリカ・ポルキア) が最古とされる。

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デジタル大辞泉の解説

バシリカ(basilica)

《「バジリカ」とも》
古代ローマ時代に裁判所や商業取引所とされた長方形の建物。中央の広間が周囲の回廊より高くつくられ、高窓から採光する。
西洋中世の1に基づいた教会堂形式。身廊側廊があり、通例東端部に祭壇を置く。
教皇から特権を受けたカトリック教の聖堂。

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百科事典マイペディアの解説

バシリカ

古代ローマで法廷や商取引など公的集会に用いられた公共建築。長方形の平面をもち,内部は,中央のネイブ(身廊)と両側のアイル(側廊)に分かれ,ネイブの奥に半円形のアプスを張り出す。
→関連項目アーケード石蹴りサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂サン・ピエトロ大聖堂ハギア・ソフィアハレンキルヘバンベルク大聖堂フォルムフォルム・ロマヌムブルゴス大聖堂

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世界大百科事典 第2版の解説

バシリカ【basilica】

西洋古代から中世にかけて発達した建築の一形式で,その形式による建造物もバシリカと呼ぶ。長方形プランで長辺か短辺の中央に半円形のアプスがはり出す。古代地中海地方では,バシリカはおもに王宮の〈謁見の間〉,裁判所,取引市場などの公共建築に用いられた。古代ローマにおいては裁判や市民の集会の場として大規模なバシリカが建てられた。帝政期から古代末期にかけて,ローマ市の中心フォルム・ロマヌムには,カエサルトラヤヌス帝,マクセンティウス帝らによりバシリカが造営されている。

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世界の観光地名がわかる事典の解説

バシリカ【バシリカ】

ポルトガルの首都リスボンの北約123km、小さな町ファティマ(Fátima)に位置するカトリックの巡礼地(聖地)にある聖堂。第一次世界大戦中の1917年5月13日、3人の子供たちの前に聖母マリアを名乗る婦人が現れ、メッセージを残したという聖母の出現譚がある。聖母マリアは、核兵器の出現や「ファティマ第三の予言」として注目された教皇ヨハネパウロ2世の暗殺未遂事件(1981年5月13日のバチカンでの狙撃事件)を預言したといわれ、「ファティマの聖母」と呼ばれるカトリック教会はこの聖母の出現を公認し、5月13日をファティマの聖母の出現記念日とした。この記念日には毎年世界中から10万人にのぼるカトリックの信者(巡礼者)が集まる。◇現地名は「The Basilica at Fatima」。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バシリカ
ばしりか
basilicaラテン語

古代ローマの市場と法廷を兼備した公共建造物の呼称。このことばは、もともと建造物の内部の柱廊で囲まれた広間をさすものであった。紀元前2世紀前期、ローマに建てられたアエミリウスのバシリカはこの種の建造物のもっとも初期の事例であるが、礎石から推測すると、ローマ市の中核をなすフォルム・ロマヌム(公共広場)に所属する、屋根が架せられた広間をもつ建造物で、人々は自由に柱廊を通り抜けできるような構造であったことがわかる。ポンペイに礎石を残している前2世紀末期のバシリカでは、イタリア以外の地中海中部の諸都市のそれと同じように、壁体で囲まれた長方形のプランであり、短辺の端にアトリウム(前廊)が設けられ、他の端には裁判官席があった。広間の中部四囲は柱廊が巡らされ、裁判官席は列柱で囲まれている。また、架構法の発達した紀元後4世紀前半に完成したローマのマクセンティウスのバシリカ(完成者の名にちなみコンスタンティヌスのバシリカの呼称もある)は、交差穹窿(きゅうりゅう)を円柱のかわりに支壁で支える構造となっている。
 4世紀初頭のコンスタンティヌス大帝によるキリスト教保護令の公布は、キリスト教聖堂の建立を促すことになるが、この新しい建築課題に直面した当時の建築家たちは、古代ローマの初期バシリカに基本形式を求めて聖堂を急造することになった。こうして実現されたのがいわゆるバシリカ式聖堂である。これらの建造物は石の壁体で囲まれ、木組みの屋根が架せられた長方形の建物で、正面入口と向き合う奥の壁体は半円形に張り出すアプスを形成し、その中央に祭壇が設けられる。堂内は2列ないし4列に並ぶ円柱によって、身廊と左右側廊の3廊ないし5廊に分けられるが、入口と身廊部との間にはアトリウム(前庭部)とナルテックス(玄関の間)が介在する。身廊の最終柱間は内陣部をなし、障柵(しょうさく)で囲まれた聖歌隊席が置かれる。4、5世紀に創建されたローマのこの種の聖堂は、その後、火災その他の破壊を受けて改築されたり部分的に改造されたため、創建当時の状態をそのまま伝える事例は皆無である。
 なおバシリカの語は、聖堂の格式を示すものとしても用いられ、ローマ教皇により大聖堂(カテドラル)に次ぐ上席権を与えられた聖堂をさす。[濱谷勝也]

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世界大百科事典内のバシリカの言及

【イタリア美術】より


[初期キリスト教時代]
 自然的形象と象徴的表現の混合は,初期キリスト教美術(4~5世紀ころ)においては,まず,既存のヘレニズム的形体をキリスト教の象徴とみる(例えば,クピドを天使,オルフェウスをキリストとみるなど)象徴主義から,しだいに形象の自然的要素(空間表現,量感,動作など)を脱し去り,これを抽象化(二次的空間と平面的形体,リアリティと自然らしさの消滅,物語性の重視など)する方向へと向かった。たとえば初期バシリカの一つローマのサンタ・マリア・マジョーレ教会の身廊とアルコ・トリオンファーレ(4~5世紀)のモザイクなどがその例である。ここでは自然を写す要素のすべてが,神の世界を啓示する表現主義的,抽象的,ときに主観的表現法へと推移するプロセスが見られる。…

【教会堂建築】より

…神殿のように壮麗なものも造られたと伝えられるが,一般にこれらの建物は目だたぬものであったらしく,シリアには既存の住宅を改造して礼拝室,洗礼室などを設けた建物(3世紀)や,農家を原型として新築したもの(4世紀初)が現存する。
[バシリカ式教会堂]
 313年のキリスト教公認後,ローマ帝国各地に大小の教会堂が多数建設された。当時は宗教性の有無にかかわらず,多数の人が集まる,長方形プランの大広間をバシリカと呼んだが,教会堂も信徒が集まる一種のバシリカであった。…

【ビザンティン美術】より

…しかし建築の中心は宗教建築にあった。これはその平面構造からみると集中式とバシリカ式の二つの原形から出発している。前者はいわゆるマルテュリアmartyria(殉教者または宗教的事跡などを記念する聖堂)および洗礼堂である。…

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