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バルフォア バルフォアBalfour, Arthur James, 1st Earl of Balfour

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バルフォア
バルフォア
Balfour, Arthur James, 1st Earl of Balfour

[生]1848.7.25. イーストロジアン,ホイッティングヘイム
[没]1930.3.19. サリー,ウォキング
イギリスの政治家。 1874年から保守党議員。 78年ソールズベリー (侯) 外相の秘書となり,ベルリン会議に随行。次いでソールズベリー内閣の地方自治相 (1885~86) ,アイルランド事務相 (87~91) などを経て,大蔵総裁 (91~92,95~1902) ならびに保守党下院首領となった。

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バルフォア
バルフォア
Balfour, Francis Maitland

[生]1851.11.10. エディンバラ
[没]1882.7.19. モンブラン
イギリスの動物学者。ケンブリッジ大学卒業。 1873年よりナポリ海洋研究所脊椎動物について泌尿器の発生過程などを研究。この研究は,無脊椎動物から脊椎動物が進化してきたことを裏づける決定的な資料を提供した。

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バルフォア
バルフォア
Balfour, Robert

[生]1550?. フォーファーシャー
[没]1625以後
スコットランド出身の古典学者,教父学者。ラテン名は Robertus Balforeus。スコットランドの宗教改革を逃れてフランスに渡り,パリ大学での論争で名をあげた。アリストテレスの『オルガノン注解』(1616),『倫理学注解』(1620)などを著した。

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デジタル大辞泉の解説

バルフォア(Arthur James Balfour)

[1848~1930]英国の政治家。1902~1905年の首相在任中に英仏協商を締結。第一次大戦中、外相としてユダヤ民族のパレスチナ復帰を支持する「バルフォア宣言」を発表。

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百科事典マイペディアの解説

バルフォア

英国の首相。1874年下院に入り,伯父ソールズベリーの2度の内閣において内相,スコットランド担当相,アイルランド担当相を務め,保守党下院院内総務(1891年−1892年,1895年−1902年)として頭角を現し,1902年ソールズベリーの引退後,首相となる(−1905年)。

バルフォア

英国の動物学者。ケンブリッジ大学で学び,ナポリの臨海実験所などでサメの発生を研究。発生学の諸業績を比較発生学的な観点からまとめた著書《比較発生学》(1880年―1881年)が知られる。
→関連項目箕作佳吉

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世界大百科事典 第2版の解説

バルフォア【Arthur James Balfour,1st Earl of Balfour】

1848‐1930
イギリスの保守党政治家。1874年下院に入り,伯父ソールズベリー首相のもとで,86‐87年スコットランド相,87‐91年アイルランド相,91‐92,95‐1902年保守党下院院内総務を歴任。1902年同首相引退後政権を引き継ぎ,教育法,アイルランド土地購入法を成立させる一方,04年英仏協商を締結して孤立政策から同盟政策への転換を図った。翌年J.チェンバレンの関税改革論をめぐる閣内不統一から辞職。第1次世界大戦中は連立内閣に海相(1915‐16),外相(1916‐19)として入閣,17年ユダヤ人パレスティナ復帰を支持する〈バルフォア宣言〉を行い,19年パリ講和会議に全権の一人として出席した。

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大辞林 第三版の解説

バルフォア【Arthur James Balfour】

1848~1930) イギリスの政治家。首相(1902~1905)として英仏協商の締結、日英同盟の更新などを行なった。第一次大戦中の1917年、外相としてパレスチナにおけるユダヤ民族国家建設を支持する「バルフォア宣言」を発表。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のバルフォアの言及

【ウェストミンスター憲章】より

…自治領諸国は,第1次世界大戦中軍事協力を通して本国に対する地位を向上させ,両者の関係は植民地的従属関係から対等な立場で結合する連邦体制へと発展しつつあった。こうした変容を反映し,帝国会議は1926年に,〈本国と自治領はそれぞれ地位の平等な自治社会であり,王冠に対する共通の忠誠により自由に連合している〉と定義したバルフォア報告を採択し,30年には自治領総督を象徴的存在とする決議を行った。ウェストミンスター憲章は,これらの決定を翌31年イギリス議会が立法化したもので,イギリス連邦の根本を規定した。…

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