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ブハラ Bukhara

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブハラ
Bukhara

ウズベキスタン中部,ブハラ州の州都。ゼラフシャン川下流部の三角州にあるシャフルド運河に臨む。1世紀頃に起源をもつといわれる古都で,709年アラブが侵攻したときは商業,手工業の町として栄えていた。9世紀サーマン朝の首都となり,10世紀カラハン朝,次いで西遼の支配下に入り,1220年モンゴルに,1370年チムール軍に占領された。 16世紀中頃ウズベクのシャイバーニー朝の首都となり,のちブハラ・ハン国の首都となったが,1868年ロシアの保護下に入った。 1920~24年ブハラ人民共和国の首都。 1950年代後半,付近で天然ガスが発見されてから急速に発展し,繊維 (絹,綿) ,アストラカン加工,食品などの工業があるほか,機械工業,金属細工の手工業も盛んである。サーマン廟 (9~10世紀) ,カリャンの塔 (12世紀) ,ウルグベク・イスラム教学院 (15世紀) などの建築記念物が多く保存される旧市街は,1993年世界遺産の文化遺産に登録。教育大学がある。首都タシケントの西南西約 450kmにあり,鉄道,空路で結ばれている。人口 24万 9600 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

ブハラ(Buxoro)

ウズベキスタン南東部の商業都市。古来シルクロード要地ブハラハン国の首都として繁栄。羊の飼育および羊毛加工業が盛ん。1993年に「ブハラ歴史地区」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。中世イスラムの伝承学者アル=ブハーリー、哲学者・医学者イブン=シーナーの生地。

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百科事典マイペディアの解説

ブハラ

ウズベキスタンの都市。ゼラフシャン川下流部のオアシスに位置する。カラクル羊の毛皮,綿花,絹織物,金糸刺繍(ししゅう),銅製の各種容器などを産する。古くからシルクロード上の要衝として知られ,9―10世紀にはサーマーン朝,16―19世紀にはブハラ・ハーン国の主都として栄えた。
→関連項目中央アジア

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世界大百科事典 第2版の解説

ブハラ【Bukhara】

中央アジア,ウズベキスタン共和国にある都市。ザラフシャン川下流域の広大なオアシスに位置し,人口20万4000(1984)。ペルシア語アラビア語ではBukhārā。最近の考古学的研究によれば,ブハラは後1世紀ころに建設され,以後今日に至るまで市域の移動は行われなかった。ブハラという都市名は〈仏教の僧院〉を意味するサンスクリットのvihāraから派生したと推定されているが,文献には7世紀の中国の史書に〈安国〉として初めて現れる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブハラ
ぶはら
Бухара Buhara

中央アジア、ウズベキスタン共和国ブハラ州の州都。ボハラBokharaともいう。ゼラフシャン川が流れる低地に位置し、運河に面する。人口23万7900(1999)。ブハラ州の地形はだいたい平坦(へいたん)で、降水量は少なく、カラクール種ヒツジの飼育地帯であり、養蚕も盛んである。それゆえブハラ市にその関連産業が発達している。とくに上等の巻毛羊皮、帽子、外套(がいとう)など、カラクール種ヒツジの加工製品は世界的に有名である。金糸・絹糸の伝統美術工芸品の製造でも知られている。また、天然ガスが産出し、ロシア中央部、ウラル、南カザフスタンにパイプラインで輸送されるとともに、工業の発達も顕著である。首都タシケントやトルクメニスタンの首都アシガバートに通ずる中央アジア鉄道の駅がある。シルク・ロードの重要地点として栄え、いまでも古い町並みが残る。1993年には世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。[山下脩二]

歴史

イスラム時代以前の歴史には不明な点も多いが、遅くとも西暦1世紀には、現在の地に町が建設されていた。7世紀の中国文献で、ブハラは安国と記され、イスラム文献にブハール・フダートBukhr Khudtとみえる、イラン系ソグド人王朝の支配下にあった。アラブ軍の占領後、8世紀初頭から徐々にイスラム化し、9~10世紀にはサーマーン朝の首都となって、イスラム学術・イラン文化の中心地となった。1220年にチンギス・ハンによって破壊されたが、まもなく復興し、16世紀からブハラ・ハン国の首都として、西トルキスタンの政治・経済・文化の中心地となっていった。18世紀以降ロシアとの通商関係が緊密化するなかで、一大商業都市として発展した。革命によってブハラ人民ソビエト共和国(1920~24)の首都となったが、ウズベク・ソビエト社会主義共和国(1924~91)成立後、1928年にブハラ州の州都となった。1991年のソ連崩壊によるウズベキスタン共和国の独立によって、同国領となった。[堀川 徹]

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世界大百科事典内のブハラの言及

【イスマーイールの墓廟】より

…ウズベキスタン共和国,ブハラの北西部に位置する墓廟。〈サーマーン家の墓廟〉とも呼ぶ。…

【市】より

…サファビー朝期には,フランス人の旅行家J.シャルダンの報告によると,毎日この広場が露天商の黒いテントで埋まったというから,常設店舗を補完する露店の市場であった。同じような状況は19世紀のブハラでも見られた。タジクの革命的文学者アイニーの自伝によると,ブハラ・ハーンの宮殿の前にあるアルグ広場は,処刑が執行された後,食料品屋,果物屋,菓子屋などの露天商に開放された。…

※「ブハラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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