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ブルネイ Brunei

翻訳|Brunei

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブルネイ
Brunei

正式名称 ブルネイ・ダルサラーム国 Negara Brunei Darussalam。
面積 5765km2
人口 40万7000(2013推計)。
首都 バンダールスリブガワン

東南アジア立憲君主国ボルネオ島北部西岸にマレーシアサラワク州に囲まれて位置し,国土の大部分が丘陵地,沼沢地からなる。赤道に近く,熱帯季節風気候である。気温は 1年を通じ 23~32℃程度,年降水量は沿岸部で約 2900mm,内陸部では 3800mmに達し,10月~1月に多い。住民のほぼ 3分の2はマレー人で,ほかに中国人や,イバン族その他の先住少数民族が住む。主要言語はマレー語であるが,中国語,英語も広く通用する。イスラム教国教に定められており,イスラム教徒が約 80%を占める。1521年に航海者フェルディナンド・マゼランが訪れたときのブルネイは,ボルネオ全土のほかスル諸島をも支配するスルタン国の中心地として繁栄していた。1888年イギリス保護領。1929年西部沿岸のセリアで石油の生産が始まってから急速に発展。1959年外交,軍事を除く自治権を得,1984年1月1日独立。イネとゴムが主作物であるが,米は自給できない。石油と天然ガスが輸出のほぼすべてを占め,1人あたり国民所得はアジアでも有数だが,市況の影響を受けやすいため,農漁業,観光,金融などの部門への産業の多角化が進められている。東南アジア諸国連合 ASEAN加盟国。

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百科事典マイペディアの解説

ブルネイ

◎正式名称−ブルネイ・ダルサラーム国Negara Brunei Darussalam/State of Brunei,Abode of Peace。◎面積−5765km2。◎人口−39万3000人(2011)。◎首都−バンダル・スリ・ブガワンBandar Seri Begawan(3万人,2001)。◎住民−マレー系67%,華人11%,ダヤク人など(2006)。◎宗教−マレー系はイスラム(国教),中国系は仏教,儒教など。◎言語−マレー語(公用語),中国語,英語,イバン語。◎通貨−ブルネイ・ドルBrunei Dollar(シンガポール・ドルと等価)。◎元首−国王,ボルキアHassanal Bolkiah(1946年生れ,1967年10月即位。首相を兼任)。◎憲法−1959年9月発効,1962年12月以来一部停止。◎国会−一院制(定員29,国王による任命制)。政党なし。◎GDP−115億5000万ドル(2006)。◎1人当りGDP−2万7021ドル(2006)。◎農林・漁業就業者比率−1%(1997)。◎平均寿命−男74.9歳,女79.6歳(2007)。◎乳児死亡率−6‰(2010)。◎識字率−95.3%(2009)。    *    *東南アジア,ボルネオ島北西部の王国。三方をマレーシアのサラワク州が囲む。熱帯の低地で,米,ゴムなどが栽培される。石油と天然ガスを産し,両者で輸出のほとんどを占め,その大半は日本向けである。 ブルネイ王国は8世紀ころ成立したと推定され,海上貿易を基盤に16世紀初めごろ最も繁栄した。1888年英保護領となり,1959年自治を認められた。1962年マレーシア結成に反対して反乱が起こった。1984年独立した。国王はスルタンと称し,事実上,国家の全権を掌握し,事実上スルタンの独裁国家となっている。独立と同時に東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟した。
→関連項目経済連携協定東南アジア

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デジタル大辞泉プラスの解説

ブルネイ

ロボットアニメ「機動戦士ガンダム」のテレビシリーズ第2作「機動戦士Zガンダム」に登場する宇宙戦艦。反地球連邦組織エゥーゴに所属するサラミス改級宇宙巡洋艦。地球連邦軍の建造したサラミス級宇宙巡洋艦の改修型戦艦のひとつ。全長198メートル。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブルネイ【Brunei】

正式名称=ブルネイ・ダルサラーム国Negara Brunei Darussalam面積=5765km2人口(1996)=30万人首都=バンダル・スリ・ブガワンBandar Seri Begawan(日本との時差=-1時間)主要言語=マレー語,中国語,英語,イバン語通貨=ブルネイ・ドルBrunei Dollar東南アジア,ボルネオ島北岸にある王国(1984年1月独立)。国土はマレーシアのサラワク州のなかに二つの飛地をなしている。

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大辞林 第三版の解説

ブルネイ【Brunei】

カリマンタン島北部を占める立憲君主国。国土はマレーシアのサラワク州によって東西に二分されている。1984年イギリスから独立。石油・天然ガスを産する。住民はマレー系が多く、イスラム教を国教とする。首都バンダルスリブガワン。面積6千平方キロメートル。人口40万( 2005)。正称、ブルネイ・ダルサラーム国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブルネイ
ぶるねい
Brunei

東南アジア、ボルネオ島北岸にあるスルタン王国。正称はブルネイ・ダルサラーム国Negara Brunei Darussalam。面積5765平方キロメートル、人口39万(2007推計)。首都はブルネイ川河口にあるバンダル・スリ・ブガワン。
 東部のブルネイ湾に流入するリンバン川流域はマレーシアのサラワク州に属するため、国土は東西に二分される。気候は熱帯雨林型で、奥地は密林に覆われるが海岸部は低湿地が多い。19世紀末以来イギリスの保護領とされていたが、1984年1月独立王国となった。独立後東南アジア諸国連合(ASEAN(アセアン))および国際連合に加盟した。立憲君主制で国王は世襲による。1984年の独立直後から立法評議会は停止されていたが、2004年に20年ぶりに再開された。議席数は29で議員はすべて国王が任命する。2004年の憲法改正で一部議員を選挙で選ぶと制定されたが実施時期は未定である。現在の国王は29代目のスルタン、ハサナル・ボルキアで、政治的にはほとんど国王一族が支配権を握る。兵力約7000の国防軍もあるが、治安維持のため旧イギリス領時代のネパール兵(グルカ兵)約1000人が駐屯する。住民はマレー系が67%、中国系11%のほかインド系などで複合社会を構成する。イスラム教が国教とされ、公用語はマレー語であるが、英語も広く用いられ、中国語も使われている。
 経済開発は1929年に発見されたセリア油田に始まり、第二次世界大戦中は日本の石油補給基地とされた。イギリスがブルネイを容易に手放さなかったのも石油のためである。油田は戦後北方の海底地区にも拡大され、その採掘はブルネイ・シェル会社が独占し、年産1045万キロリットル(2007推定)産出する。さらに近年は海底のアンバ・ガス田などの開発により日産約10.4億立方フィート(2006)の天然ガスを産出し、その開発には日本の資本も参加している。これらの豊富な資源のため、国内総生産(GDP)は121億8000万ドル(2007)、小国ながら1人当りの国内総生産は3万1228ドル(2007)で、世界でもっとも富裕な国の一つである。貿易額は輸出73億5100万ドル、輸入23億1400万ドル(2007)となっており、輸出品目の96%が石油、天然ガスおよび関連製品、おもな輸入品目は機械、輸送機器、工業製品、食料品である。おもな輸出相手国は日本、インドネシア、韓国、オーストラリア、おもな輸入相手国はシンガポール、マレーシア、アメリカ、EU、日本などとなっている。石油、天然ガスの多くが日本に輸出され、日本は最大の貿易相手国である。ただし、これら資源の将来の枯渇に備え、政府は農業や森林開発にも力を入れ始めている。人口の過少なことが国全体を通じての大きな課題で、ASEAN諸国からの出稼ぎ労働者に頼る面が大きい。豊かな財政のため社会福祉施設は充実し、首都の近代化も著しい。義務教育は5歳から12年間(初等・中等教育)と整い無償である。1985年には最初の国立大学ブルネイ大学が創設された。海外留学費も国費でまかなわれている。シンガポール、香港(ホンコン)、マレーシア、インドネシアなど近隣諸国やオーストラリア、ドバイ、ロンドンなどとは空路で結ばれる。1996年OECD(経済協力開発機構)の援助対象国からはずれ、「開発途上国」を脱した。[別技篤彦]

歴史

中国史料ではブルネイをさすかと思われる地名(勃泥(ぼつでい))が9世紀にさかのぼって現れるが、この王国の存在がより確実に言及されるのは14世紀のジャワ語文献においてである。15世紀末か16世紀初頭には土侯のイスラム化があり、以来ブルネイは北西ボルネオの沿岸部のほぼ全域にわたって宗主権を拡大した。北ボルネオ(現在のマレーシア、サバ州)ではスールー王国と覇を競い、南はサラワク州都クチン以遠までがその勢力下にあったが、支配の内実はそれぞれの地域の土豪を被官化するにとどまっていた。
 19世紀中葉以降はサラワクがイギリス人ブルック一族の支配するところとなり、さらに北ボルネオがイギリス北ボルネオ会社の経営下に組み込まれることによって、ブルネイは現在の狭小な領土をかろうじて確保するのみとなり、1888年にはイギリスの保護領となった。1906年には内政も含めイギリスの保護下に置かれたが、1959年には内政自治を回復した。1963年のマレーシア連邦成立時には石油利権と王権をめぐる確執から連邦入りを拒み、ようやく1984年初めに完全独立を果たすことになった。住民は本来マレー人であるが、サバ、サラワクから移住してきたプロト・マレー系住民のほか、中国系の割合も高い(後者は全人口の11%)。1962年には即時独立と民主化を要求する武装反乱が起こるなど内政的には不安定要素が大きかったが、近年は石油収入に支えられて経済的にはきわめて富裕である。[内堀基光]
『下元豊著『もっと知りたいブルネイ』(1986・弘文堂) ▽桃木至朗他編『東南アジアを知る事典』(2008・平凡社) ▽東南アジア学会監修、東南アジア史学会40周年記念事業委員会編『東南アジア史研究の展開』(2009・山川出版社)』

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