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ボストン茶会事件 ボストンちゃかいじけん Boston Tea Party

翻訳|Boston Tea Party

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボストン茶会事件
ボストンちゃかいじけん
Boston Tea Party

1773年 12月 16日,アメリカマサチューセッツ湾植民地の住民がイギリス茶税法に反対してボストン港に停泊中の東インド会社の船から茶箱を海に投棄した事件。 73年イギリスのノース内閣は植民地商人による茶の密貿易を禁じ,茶の滞貨に苦しむ東インド会社に茶の独占販売権を与え茶税法を制定。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

ボストン茶会事件

米東部が英国の植民地だった1773年、英本国が紅茶に課した重税に抗議して、住民が起こした抵抗事件。ボストン湾に停泊していた英貨物船を襲い、積み荷の紅茶を海に投げ捨てた。米独立戦争のきっかけになった。

(2010-04-17 朝日新聞 朝刊 1外報)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

ボストンちゃかい‐じけん〔‐チヤクワイ‐〕【ボストン茶会事件】

1773年、英本国の制定した茶条例に反対するアメリカ植民地の急進派の人々が、ボストン港に入港した東インド会社の船を襲い、積荷の茶を海に捨てた事件。英国がアメリカ植民地に対する弾圧を強めたため、両者の対立は激しくなり、独立戦争の契機となった。→アメリカ独立革命

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百科事典マイペディアの解説

ボストン茶会事件【ボストンちゃかいじけん】

1773年,英本国の茶税法に反対するボストン市民の一団がS.アダムズに率いられ,ボストンに入港した東インド会社の茶船を襲い,茶を海に捨てた事件。茶税法は当時の英領北米植民地に対する茶の輸出独占権を東インド会社に与えたもの。
→関連項目アダムズボストンマサチューセッツ[州]

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世界大百科事典 第2版の解説

ボストンちゃかいじけん【ボストン茶会事件 Boston Tea Party】

1773年,北アメリカのボストンで,民衆が入港したイギリス船に乗り込み,東インド会社の茶箱を海に投げ捨てた事件。イギリスの北アメリカ植民地ではタウンゼンド諸法の撤廃(1770)後も茶税のみ残され,73年には茶税法が制定され,茶は植民地人にとって本国の重商主義的圧制のシンボルとなっていた。同年10月から茶税法による東インド会社の茶を積んだ船が植民地に到着しはじめると,フィラデルフィアニューヨークチャールストンの民衆は集会を開き,茶を陸揚げせずに本国に送り返すよう要求して成功した。

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大辞林 第三版の解説

ボストンちゃかいじけん【ボストン茶会事件】

1773年イギリス本国政府の茶法に反対するボストンの急進派サミュエル=アダムズらがネーティブ-アメリカンに変装して,停泊中の東インド会社の船を襲い茶を海に捨てた事件。アメリカ独立革命の直接的契機となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボストン茶会事件
ぼすとんちゃかいじけん

1773年、北米植民地で起こった茶船襲撃事件。同年制定の茶法は、経営難に陥っていた東インド会社に対して北米植民地での茶の独占販売権を与えたが、植民地人たちはこれを悪(あ)しき重商主義体制の強化ととらえて広範な反対運動を展開した。主要な港での茶の陸揚げ阻止が図られ、ボストン港で同年12月16日夜最初の実力行使が行われた。すなわち、秘密結社「自由の息子たち」などの急進派がモホーク・インディアンに変装して茶船を襲撃し、茶箱342箱を破壊して海中に投棄した。イギリス本国側はこの事件を本国議会の立法権に対する公然たる反逆とみなし、翌年3月のボストン港閉鎖条例をはじめとする一連の「懲罰諸法」を制定して報復した。[島川雅史]
『今津晃著『アメリカ独立革命』(1974・至誠堂) ▽武則忠見著『民衆とアメリカ革命』(1976・亜紀書房)』

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世界大百科事典内のボストン茶会事件の言及

【アメリカ独立革命】より

…その結果各地で茶の陸上げが阻止されたが,73年12月ボストンにおいてサミュエル・アダムズを指導者とする植民地人の一群が,インディアンに扮して船上の茶箱をボストン港湾に投げすてるという事件が起こった。ボストン茶会事件と呼ばれるこの事件は,本国と植民地間の対立を抜き差しならないものにしてゆく。すなわち,この報に接した本国政府はボストン港の封鎖をはじめとする制裁的な諸法を制定,駐米イギリス軍司令官のT.ゲージ将軍をマサチューセッツの総督に任命,強行措置に出ることを明らかにし,他方植民地側も74年9月フィラデルフィアに各植民地の代表よりなる大陸会議を開き,植民地間の団結した反英抗争を展開することを決議する。…

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