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マロ Malot, Hector Henri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マロ
Malot, Hector Henri

[生]1830.5.20. セーヌマリティム,ラブイユ
[没]1907.7.17. フォントネースーボア
フランスの小説家,評論家。文芸評論家として出発したが,のち小説に転じ,ヒューマニズムの立場から理想主義的傾向の作品を数多く発表した。主著『愛の犠牲者』 Les Victimes d'amour (1859~66) ,『ロマン・カルブリス』 Romain Kalbris (69) 。とりわけ『家なき子』 Sans famille (78) は児童文学の傑作として世界的に有名。

マロ
Marot, Clément

[生]1496. ペリゴール,カオール
[没]1544.9.12. トリノ
フランスの詩人。大押韻派の詩人ジャン・マロの息子。国王フランソア1世の姉マルグリット・ダングレームの庇護を受けて詩作した。福音主義に共鳴し,教会当局,官憲から追及を受け,再三投獄され,2度亡命を余儀なくされ,イタリアで客死した。書簡詩エピグラム,エレジーなどの伝統的な詩型を用い,身辺の題材,時事的な問題を扱い,優雅で清新な感覚を表現。またイタリアからソネットのような新しい形式を導入し,フランス詩の発展に貢献した。代表作『キューピッドの神殿』 Le Temple de Cupido (1515) ,『地獄』L'Enfer (26執筆,39刊) ,『クレマンの青春』L'Adolescence clémentine (32) 。その他『薔薇物語』 (29) とビヨンの詩集 (32) の編纂,聖書『詩篇』の翻訳"Les Psaumes" (41~42) もある。

マロ
Marot, Daniel

[生]1661. パリ
[没]1752.6.4. ハーグ
オランダで活躍したフランスの建築家,建築図版作家,家具デザイナー。建築家 J.マロの子で,パリで父に学んだ。新教徒であったため,1685年のナントの勅令の廃止に際し,オランダに逃れ,オランニェ公ウィレム (のちのイングランド王ウィリアム3世) に伴われイギリスに渡り,95~96年ロンドンに滞在,ハンプトン・コート・パレスの庭園や室内装飾にたずさわった。その後オランダに戻り,ハーグアムステルダムで活動。作品は,ハーグの議事堂謁見室 (1696~98) ,市庁舎 (1733~37) ,宮殿ハイス・テン・ボスの増築 (34~37) ,また王立図書館 (34~37) など。

マロ
Marot, Jean

[生]1619頃.パリ
[没]1679.12.15. パリ
フランスの建築家,建築図版家。パリの工芸・建築家一族の一人で,オテル・ド・プッソール,オテル・ド・モルトマール,オテル・ド・モンソーなどの邸館を設計,F.マンサール,L.ル・ボーら同時代の建築家の強い影響をみせている。彼の活動では,建築図版の製作と出版が重要で『ル・プティ・マロ』『ル・グラン・マロ』を描いたほか,多数の装飾図版を制作した。息子ダニエル (1661~1752) も建築家,建築図版家で,オランダで活躍。ハーグ市庁舎 (33~37) ,王立図書館 (34~37) を手がけた。

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デジタル大辞泉の解説

マロ(Clément Marot)

[1496~1544]フランスの宮廷詩人。プロテスタンティズムに傾いて迫害を受けながら、書簡詩・風刺詩などに軽妙洒脱な詩才を示した。詩集「クレマンの青春」「地獄」など。

マロ(Hector Malot)

[1830~1907]フランスの小説家批評家。旅を通じて少年が成長する過程を描いた児童小説「家なき子」で知られる。

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百科事典マイペディアの解説

マロ

フランスの作家。ルアン近くに生まれ,パリに出て文芸批評家となり,やがて家庭小説風の小説を多数書いた。少年少女のために書いた《家なき子》,《家庭にて》(邦訳名《家なき娘》)の2作で児童文学者として有名。

マロ

フランスの詩人。フランソア1世の宮廷詩人。宗教改革同調者とみられて迫害され,亡命先のトリノで客死。イタリア文学の影響を受けフランス最初のソネットを書いた。苦難の中にあって書簡詩,エピグラムなどに軽妙洒脱(しゃだつ)な才能を発揮。

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世界大百科事典 第2版の解説

マロ【Clément Marot】

1496?‐1544
フランスの詩人。南フランスのカオールに生まれ,1506年パリに出て,大押韻派の詩人である父ジャンから詩法を学び,早くから詩作を試みる。1518年王姉マルグリット・ド・ナバールの家中に取り立てられ宮廷詩人として出発。福音主義に共鳴した上に自由児的言動が災いして2度の投獄を体験。それもまた傑作を生む機縁となっている。処女詩集《クレマン若き日》(1532)によって声価が定まったが,34年末の宗教改革派・福音主義者大弾圧の身辺に及ぶのを避けてイタリアのフェラーラに亡命した。

マロ【Hector‐Henri Malot】

1830‐1907
フランスの小説家。セーヌ・マリティーム県のラ・ブイユに生まれた。パリで法律の勉強をしたが,途中から文学を志した。批評家として出発したが,1859年には小説《恋人》を発表。これは《夫婦》(1865),《子供》(1866)と並んで〈愛の犠牲者〉シリーズという三部作をなすものである。その間マロは《オピニヨン・ナシヨナル》紙に文芸批評も書くようになった。しかしマロの名を高めたのは児童向きの作品《ロマン・カルブリスの身に起こったこと》(1869),《家なき子Sans famille》(1878),《家庭にてEn famille》(1893。

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大辞林 第三版の解説

マロ【Hector Malot】

1830~1907) フランスの小説家。人道主義的な立場での家庭小説・児童小説を多数書いた。「家なき子」で名高い。

マロ【Clément Marot】

1496?~1544) フランスの宮廷詩人。すぐれた書簡詩・エピグラム・エレジーを書いた。フランス初のソネット作者。詩集「クレマンの若き日」「地獄」など。

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世界大百科事典内のマロの言及

【児童文学】より

…作品は太い流れを形づくることはなく,おもしろい作品が多いが散発的である。H.H.マロが《家なき子》(1878)で遍歴する孤児のテーマを流布させたが,同じころJ.ベルヌがSFの先駆といわれる作品を精力的に書いて,夢想に現実性を与えた。少年小説の古典《二年間の休暇(十五少年漂流記)》(1888)も彼の手になる。…

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