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ミッドウェー海戦 ミッドウェーかいせん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミッドウェー海戦
ミッドウェーかいせん

太平洋戦争中の 1942年6月3~5日,日本海軍によるミッドウェー諸島攻略作戦およびアメリカ海軍機動部隊反撃作戦に基づいて戦われた海戦。日本の大敗北となり,以後戦局の主導権がアメリカに移るという太平洋戦争の重大な転換点となった。

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デジタル大辞泉の解説

ミッドウェー‐かいせん【ミッドウェー海戦】

太平洋戦争中の昭和17年(1942)6月5日から7日にかけて、ハワイ諸島北西にあるミッドウェー沖で日米両海軍の機動部隊が繰り広げた大規模な戦闘。日本軍の連合艦隊は空母4隻をすべて失う大敗を喫し、作戦の主導権を米国に奪われた。
豊田穣による戦記文学作品。昭和26年(1951)刊行。同年、第1回岐阜県文化賞を受賞。

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百科事典マイペディアの解説

ミッドウェー海戦【ミッドウェーかいせん】

1942年6月5〜7日,中部太平洋ミッドウェー島攻略に向かった日本海軍機動部隊と,その企図を察知して待ち受けた米国海軍機動部隊との海空戦。日本艦隊は航空母艦4隻,兵員3500,飛行機200余機(全機)を失い,致命的な打撃を受けた。
→関連項目山本五十六

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世界大百科事典 第2版の解説

ミッドウェーかいせん【ミッドウェー海戦】

太平洋戦争初期の1942年6月5日~7日,中部太平洋ミッドウェー島周辺海域で行われた日米両国機動部隊による海戦。連合艦隊司令長官山本五十六大将は,ミッドウェー島を攻略することにより,アメリカ空母を誘出して捕捉撃滅する機会を作るとともに,同島を哨戒基地として東方から日本本土に対する攻撃を防衛しようと企図し,連合艦隊の大部分を率い,ミッドウェー島に向かった。日本機動部隊(南雲忠一中将指揮,空母4隻基幹)は6月5日早朝ミッドウェー島の北西海面から陸上基地を攻撃し,これに再攻撃を準備中,東方にアメリカ機動部隊(スプルーアンス少将指揮,空母3隻基幹)を発見した。

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大辞林 第三版の解説

ミッドウェーかいせん【ミッドウェー海戦】

1942年(昭和17)6月5日、ミッドウェー島沖で行われた日米両軍による海戦。日本機動部隊は、四隻の空母および多くの搭乗員を失い、戦局に一大転機をもたらした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミッドウェー海戦
みっどうぇーかいせん

太平洋戦争中、日米両機動部隊の間で戦われた海戦。1942年(昭和17)4月の米機動部隊による本土空襲に衝撃を受けた日本海軍は、防衛ラインの拡張と米機動部隊への決戦の強要とを目的としてミッドウェー島攻略戦を決定し、連合艦隊の総力をあげて同島周辺海域に出撃、6月5日には同島への空爆を実施した。しかし索敵活動を軽視したため反撃に出た米機動部隊の発見が遅れ、攻撃部隊の発進準備中に米急降下爆撃機の急襲を受けて大損害を被った。この海戦で日本側は赤城(あかぎ)、加賀、蒼龍(そうりゅう)、飛龍の四主力空母と重巡一隻が沈没し航空機約300機と多数の熟練パイロットを失ったのに対し、米軍の損害は空母一隻沈没、航空機150機喪失にとどまり、その結果、制空・制海権の確保に支えられた緒戦における日本軍の優位は崩壊し、以後太平洋戦争は連合軍の反攻という新しい局面に突入する。[吉田 裕]

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世界大百科事典内のミッドウェー海戦の言及

【太平洋戦争】より

…そして42年1月2日マニラ(フィリピン進攻作戦),2月15日シンガポール(マレー進攻作戦),3月8日ラングーンを占領し,3月9日ジャワ島のオランダ軍を降伏させるなど,日本軍は開戦後約半年のあいだに東はギルバート諸島とソロモン諸島から西はビルマに至る広大な地域を占領した。一方,連合艦隊は5月7~8日の珊瑚海海戦では優勢勝ちを収めたが,6月5日のミッドウェー海戦で4隻の主力空母を撃沈され,太平洋正面の制海権と制空権を失った。(2)1942年8月~43年2月(連合国軍の反撃と日本軍の戦略的持久の時期) 8月7日連合国軍がガダルカナル島へ上陸し,以後約半年にわたり同島を含むソロモン諸島周辺で陸海空の大消耗戦が展開された(ガダルカナル作戦,第1~3次ソロモン海海戦,南太平洋海戦など)。…

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