改訂新版 世界大百科事典 「メラネシア人」の意味・わかりやすい解説
メラネシア人 (メラネシアじん)
Melanesian
西南太平洋のメラネシアに住む人々をパプア人も含めてさす広義の用法と,パプア人を除く狭義の用法があるが,ここでは狭義のメラネシア人について記述する。人種的にはオーストラロイド(黒人種)と混血したモンゴロイド系の人々である。混血により生まれたとされているメラネシア人は約5000年前にソロモン諸島,ニューヘブリデス諸島,フィジー諸島,ニューカレドニア島など,メラネシア水域の島々に広がり始めた。メラネシアでは島々への移住後の歴史が長いため,島嶼間または種族間相互の関係を求めるのは容易ではない。最近1000年の間に,ポリネシア人やミクロネシア人の集団が散発的に海を渡ってメラネシアの小島に植民している。新しくは中国人,ヨーロッパ人が入っている。このようにさまざまな移住者が入っており,体格,容貌もいろいろで,人種的特徴を一概にいうことは困難である。しかし低地あるいは海岸地方に住む人々のほうが内陸山岳部に住む人々よりも背が高く,顔だちはポリネシア人に近い。フィジー諸島は地理的にも文化的にもポリネシアとの接点だけに,フィジー人の体格も容貌も最もポリネシア人に近い。メラネシア人は中頭,広鼻で,皮膚の色はパプア人よりも濃い人も薄い人もいる。しばしばアフリカ人と比較されるが,メラネシア人はネグロイドではあっても非ネグロイドと混血している複合人種であるところに最大の違いがある。
言語
言語はインドネシア語,ポリネシア諸語とともにアウストロネシア語族(南島語族,マレー・ポリネシア語族)に属する。ニューギニアのメラネシア諸語は,異系のパプア諸語をはじめマレー語系の影響をうけているため方言の分化が著しく,同一言語を話す言語集団が小さいのも特徴である。パプア・ニューギニアでメラネシア諸語を話す人口は全人口の15%である。東部メラネシア諸語とポリネシア諸語との密接な関係が報告されているが,メラネシア諸語研究に関しては未解決の問題が多く残されている。一方,メラネシアで広く話されている言葉に混合語のピジン・イングリッシュがある。19世紀にオーストラリアのクイーンズランドの農園の求めに応じて安い労働力を探す奴隷商人(ブラックバーダーblackbirderと呼ばれる)の暗躍が始まり,ソロモン諸島やニューヘブリデス諸島の島民がその犠牲になった。農園労働者として集められた,言語の異なる島民たちの間で,コミュニケーションの道具として話され発達したのがピジン・イングリッシュであるが,現在ではメラネシアの共通語となり,島嶼間の相互理解に一役買うとともにメラネシア人の連帯意識を育てつつあるといえよう。
生業
メラネシア人は元来掘棒耕作で,根茎類(タロイモ,ヤムイモ,キャッサバ,サツマイモなど)を栽培する自給農民である。主食を補うものとしてバナナ,パンノキの実,ヤシの実,サゴヤシのデンプンを好み,これらを栽培している。ヤムイモはニューギニアのセピック川流域からニューカレドニアにかけての多くの地方で,食糧としてのみならず儀礼用に栽培されている。ビンロウの実を石灰と混ぜてコショウ科植物キンマの葉に包んでかむこと(ベテル・チューイング)が広い地域で,またコショウ科植物の根を原料とする飲物カバがフィジーで好まれている。海岸地方では漁業も農業と同様に重要で,漁法も発達している。
社会組織
全体としてメラネシアの社会組織の特徴は,中央集権化された政治制度が欠けているため政治単位が小さいことである。この単位は低地や海岸地方で200~300人を超えない。この政治単位は文化や言語集団とは一致しない。一般に政治単位は居住単位による集団である。メラネシアで複合的な政治組織が欠けている理由は明らかでない。各政治単位はビッグマンと呼ばれる1人の男によってリーダーシップがとられてきた。その地位は,部族間の武力争いや交易において名声を蓄積し実力で築かれたもので,世襲ではない。ときにはビッグマンに一夫多妻がみられた。地縁集団と血縁集団の関係もさまざまで一概にいえないのも,土地所有の型,居住集団の安定度など多くの他の要因と相互関係をもっているからである。親族集団は単系血縁集団で,母系もあるが父系が多い。だいたいにおいて父系血縁集団が居住集団でもある。W.H.R.リバースによると,メラネシアにおいて母系出自の組織が分布しているのは地理的に東部に限られているという。血縁集団レベルでは族外婚の規制をうけるが,地縁内婚がしばしばあり,そのために単一の共同体でほとんどの人々が親族,姻族の双方に結ばれている。結婚に際して男の親族集団から女の親族集団に贈られる花嫁代償(婚資),あるいは両者の間での富の平等な交換の交渉が妥結して,はじめて結婚が成立する。一夫多妻は多くの社会で認められているが,女に強く反発されており,ケースとしては多くない。花嫁代償の大きさや分配はさまざまであるが,伝統的財貨である豚,貝類の身体装飾品は欠かせず,近年はそれに布類などの商品が加わりだした。女性の地位が低く男性社会に支配されているが,農耕の生産活動はほとんど女性に負ってきた。メラネシア社会の中では女との接触は危険であり,力が弱められると信じられ,男は別の家で寝起きするのがよいとされている。部族によっては男子集会所(メンズ・ハウス)があり,成人男子が起居をともにしている。女は一般に秘密結社や男の集団から遠ざけられた。
メラネシア社会における財は主として豚と携帯できる小型の価値あるもの--一般に貝で作られたもので,花嫁代償や死への補償などおもな取引には欠かせなかった。このほかに犬歯,野豚のきば,色鮮やかな鳥の羽毛,土器などが部族間で流通してきた。財の蓄積と気前のよさは男にとって名声を獲得する手段となる。土器や魚と農作物との交換は多い。伝統的社会では市はなかったが,近年になって現金収入を得る手段として定期的に市が設けられるようになった。儀礼的交易組織(とくにダントルカストー諸島のクラは有名)もメラネシア独特のものといえる。
土地が人口の割に十分ある所を除けば,人々にとって耕地は所有物というだけでなく重要な財産である。土地所有権は経済活動をともにする集団にあり,その成員は出自に基づく。母系制社会でも土地の用益権は男に与えられ,男は父方の母系の土地に対して永久の権利を得ることさえ認められている。多くの社会で用益権は2~3世代後には所有権に移りがちである。土地所有制度は部族社会によりさまざまである。耕地をめぐっての争いがエスカレートし,部族間で戦うことはまれであった。耕地,村の共有地,家の敷地,未開墾地はすべて所有権あるいは用益権が区別されており,聖地,墓地,水源,サゴヤシの生えている湿地などにもそれぞれの権利がある。
宗教
メラネシア全体において体系的な宗教はなく,宗教と呪術の区別を明らかにすることは不可能である。精霊がすべて形あるものを授けると信じられていたため,キリスト教が布教される際,メラネシア人の間で儀礼的手段によって白人のもつ品物を得ようとする統合的宗教運動が起こった。俗にカーゴ・カルト(船荷信仰)と呼ばれたこの種の宗教運動は,20世紀後半に入って白人の富と権力に対する羨望からしばしば社会・政治運動の性格を帯び,教会および植民地政府にとって深刻な問題となった。東部メラネシア社会の研究から超自然力マナの存在が信じられていることが報告されている。一般にメラネシア人は祈禱や犠牲によって神や精霊を扱うよりも,むしろ彼らの終局目的を成就させるための非人格的な魔力をもつ呪文に頼りがちであった。呪術が重要であったのも,メラネシアでは専門化した僧職が欠けていたこととも無関係ではない。多くの社会で天候,農耕,狩猟,漁労,性的誘惑,交易,病気,死などあらゆるものに魔術が作用していた。儀礼は思春期,成年式,葬式に集中しがちである。政治的な機能をももち得た秘密結社が海岸地方で見られたが,とりわけバンクス諸島で発達した。儀礼に伴って仮面が発達しており,超自然的なものをあらわす特定の人間によって身につけられる。
低地では造形芸術や写実的な芸術が非常に進んでおり,今では博物館の収集品の対象になっている。とくにニューギニアのセピック川流域,パプア湾沿岸地方,トロブリアンド諸島,ソロモン諸島の彫刻が知られている。音楽や踊りは美術に比較して低調である。踊りは一般に単純であるが,儀礼的行事には見ごたえのある凝った踊りも少なくなかったが,キリスト教会の政策により伝統的なものはほとんど消え去った。多くの社会で伝説は歌を伴っている。口碑伝承という意味では民話はほとんど注目されてこなかった。ドイツの宣教師により集められた以外はごくわずかで,それらは神話あるいは移住の伝説である。現存する神話はしばしば聖書やカーゴ・カルトから強く影響をうけたものである。また学校教育,労働移民を通して他地域のものも入ってきている。B.マリノフスキーによると,メラネシアの神話はつねに人々に特定の習慣や制度の重要さの認識を説明することにあるという。
文化の変容
メラネシア人のヨーロッパ人との接触はポリネシア,ミクロネシアの人々に比較して時間の長さと頻度が異なる。メラネシア人は長く外来者との同化を拒否し,関心が部族の境界を越えることがなかったため,他地域とは文化変容も異なる。宗主国が部族社会に近代化政策をもち込まなかったうえ,教育制度の欠如のため無文字民族のまま最近にまでいたった。文化変容はヨーロッパ人と接してきた時間だけでなく,どのような関係にあったかによっても異なる。例えばニューカレドニアではメラネシア人の人口が外来者より少なくなり,もはや土着文化をほとんど残していない。今日,メラネシアの男で賃金労働の経験のない者はほとんどいないといえる。外国人の大規模な土地買収,換金作物の導入などで伝統的な土地所有制にもひずみがおきている。伝統的な技術,儀礼,制度の喪失が進むにつれて,メラネシア文化の著しい特徴はなくなってきたといえる。
1970年以来,フィジー,パプア・ニューギニア,ソロモン諸島,バヌアツ(ニューヘブリデス諸島)が独立し,メラネシア人国家が誕生している。ポリネシアやミクロネシアの島嶼国に比較して土地,資源があるため,将来の発展が期待される。
→オセアニア
執筆者:畑中 幸子
美術
オセアニアのなかでもメラネシアの美術はきわめて豊富で多彩である。〈精霊の家〉やカヌー・ハウスなどの祭儀用大建築や多種多様の仮面,神像,祭具,楽器,武具,生活用具,土器,カヌーなど,あらゆるものに精力的な彫刻・彩色の造形がみられる。メラネシアは世界的な民族美術の宝庫である。とりわけニューギニアの北東部,セピック川流域の美術が顕著である。セピック川の沿岸に築かれた村々に,祭儀用広場に面してそびえる壮大な〈精霊の家〉を現在でも多くみることができる。屋根,破風,柱,棟,梁,天井,壁など,あらゆる部分に精霊やトーテムとなる動物の姿などが彫刻・彩色され,なかには祖先像,戦闘や狩猟または疾病の守護霊,仮面,楽器などが安置される。〈精霊の家〉は成年男子の秘密結社のための神聖な場所で,瘢痕文身(はんこんぶんしん)の凄惨な手術を伴う成人式や,主食となるヤムイモの収穫祭など,祭儀の中心となる。またメラネシアでは各地で死者崇拝,頭蓋骨崇拝がみられ,セピック川流域などでは死者の頭蓋骨に粘土で肉づけして彫刻を施し彩色する。これらの造形作品は人々の生活に加護をもたらす精霊や祖霊に対する信仰や崇拝のためにあり,また成年男子の誕生,戦闘での成功,豊作祈願などのためにある。メラネシアの美術を代表する仮面は,オセアニアではメラネシア特有のものである。祖先崇拝,秘密結社に基づく仮面がメラネシア各地でみられるが,なかでもニューギニア島パプア湾沿岸の〈ヘベヘHevehe〉,ヒュオン湾にあるタミTami島の〈タゴTago〉,ニューアイルランド島の〈マランガンMalanggan〉,ニューブリテン島の〈ドゥクドゥクDukduk〉,バンクス諸島の〈タマテTamate〉などの仮面が詳しく研究されて有名である。またセピック川流域やダントルカストー諸島などには造形的に優れた土器があり,ニューギニアのタパtapa(樹皮布)の彩色文様にも力強い表現がみられる。メラネシアのきわめて多様な美術を個々に取り上げることはできないが,世俗的な機能をもつ作品にも,造形要素のみならず社会的機能の面からも興味あるものがみられる。ニューギニア島マッシム地方の,儀礼的な交易〈クラ〉において交換される貝でつくった2種の財宝,ソロモン諸島の貝貨,サンタ・クルーズ諸島の羽毛貨,ニューヘブリデス諸島北部のパンダヌス布の貨幣など各種の財貨,またニューヘブリデス諸島北部の特異な階層制度の位階を象徴する彫像などは,それぞれ航海や交易での成功,財貨の消費力,獲得した位階など,住民にとって最も重要視される威信を発揚する標章であり,高度な専門技術と膨大な労働力をかけて制作される。それぞれ独特の機能により,地域の生産と消費を刺激して経済のしくみに巧妙に働きかけ,住民の連帯と暮しの活性化に役だっている。
執筆者:福本 繁樹
音楽,舞踊
メラネシアの音楽舞踊は多様で,ポリネシアほどの統一感はもっていない。しかし,文化価値表現のための重要な手段として社会生活のなかに有機的に組み込まれた音楽と舞踊は,ゆるやかな発声,身体打奏,竹,木,動物性の材料にくふうをこらした楽器利用などを通じて,社会構成員の多くがパフォーマンスに参与することにより,伝統維持に貢献している。これはとくにソロモン諸島やニューギニア島内陸部で顕著であり,叙事的な歌詞と秘儀的なアンサンブルに端的にみられる。ただし沿岸部,とくに人口が流入する都会においては,オセアニア一般に通じるポップス風のバンドが人気を集め,それぞれの土地で伝統的な楽器や動作語法が取り入れられている。
執筆者:山口 修
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報