メーザー(読み)めーざー(その他表記)maser

翻訳|maser

デジタル大辞泉 「メーザー」の意味・読み・例文・類語

メーザー(maser)

microwave amplification by stimulated emission of radiation電磁波により分子原子のエネルギー状態の遷移が行われる際の誘導放出を利用して、マイクロ波を発振・増幅する装置。周波数の安定度がよく、雑音が少ないので、宇宙通信など微弱な信号の受信に使用。1950年代に発明された。

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精選版 日本国語大辞典 「メーザー」の意味・読み・例文・類語

メーザー

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] maser microwave amplification by stimulated emission of radiation の各語の頭文字をつないでつくった語 ) 誘導放射を利用した原子系または分子系の電磁波増幅器または発振器。

メーザー

  1. ( Justus Möser ユストゥス━ ) ドイツの歴史家政治家オスナブリュック司教国の高級行政官として執務するかたわら「オスナブリュック史」を完成。ロマン主義歴史主義の先駆者とみなされている。(一七二〇‐九四

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「メーザー」の意味・わかりやすい解説

メーザー(マイクロ波増幅装置)
めーざー
maser

原子、分子の誘導放射の性質を利用してマイクロ波を増幅または発振させる装置をいう。microwave amplification by stimulated emission of radiation(電磁波の誘導放射によるマイクロ波の増幅、の意)の頭文字をとったもので、アメリカの物理学者C・H・タウンズの命名といわれる。1954年、アメリカで発明された。周波数(記号ν)、位相がきちんとした理想的な波が発生できる。メーザーはその後、同じ原理によるレーザー(ミリ波より短波長のもの)を生み出し(1960)、レーザー時代到来の基となった。

[井上久遠]

原理

原子(分子)系または物質系において、それがとりうる状態のなかで任意の二つの状態1、2を考え、それらのエネルギー、原子占有数をそれぞれE1E2E2E1)と、n1n2とする。この系と電磁波との相互作用の形態は、(1)自発放射、(2)誘導放射、(3)誘導吸収、の三つがある。いずれの場合でも、二つの状態で決まるある確率で、周波数ν=(E2-E1)/hhプランク定数)の電磁波を放射または吸収して同時に原子は遷移する。上の準位(状態)の原子が、電磁波の存在と無関係に自発放射する確率は光の領域では大きく、これによる発光が容易に観測されるのに対し、マイクロ波領域では発光は観測できない。自発放射の確率がν3に比例するためである。一方、(2)と(3)はともに電磁波に誘発されておこる過程で、確率はνの大きさに無関係である。また互いに逆の過程であるため、熱平衡状態にある系ではボルツマン分布にしたがって、低いエネルギー準位にある原子分布数のほうが多いn1n2であることを反映して、正味の現象としては(n1-n2)に比例した吸収のみしか観測されない。これに対して、高いエネルギー状態にポンピングを行うことによってn1n2反転分布。エネルギーの高い準位の原子分布数が低い準位より多い状態をいい、負温度分布ともいう)にした系では、誘導放射光(入射光と周波数も位相も同じである)として電磁波の増幅または発生が観測できる。これがメーザーの原理で、反転分布は、誘導放射を自発放射や吸収よりも著しく強くおこさせるための重要な条件である。

[井上久遠]

メーザーの種類と用途

メーザーはタウンズにより着想され、1954年にアンモニア分子の反転二重項状態間の遷移(νは約24ギガヘルツ)で初めて実現された。アンモニア分子ビームを不均一電場の中を通すことにより、上の準位の分子のみを選別して空胴共振器に入れマイクロ波の自励発振に成功した。その後、さまざまな系でメーザーが実現し、気体メーザー固体メーザーに大別されている。固体メーザーはルビーメーザーに代表されるがごとく、遷移金属イオンなどを含む常磁性結晶において、磁場印加により分離した電子スピンの副準位間の遷移を利用している。三つの準位を用いて強い電磁波照射によりその中の二つの準位間で反転分布を得る方法が一般的である。

 メーザーの特色は、発振器としては周波数安定性が抜群によく、増幅器としてはきわめて低雑音で増幅できることである。前者はアンモニア分子線メーザーや水素原子線メーザー(νは約1420メガヘルツ)などの気体メーザーにより周波数標準または原子時計に、あるいは高分解能の分光に利用されている。後者はおもに固体メーザーを用いて微弱信号観測のための増幅器として、電波望遠鏡や高感度レーダーに利用されている。なお、宇宙空間ではいろいろな分子で自然にメーザーが実現していると考えられ、それからの電波が観測されている。

[井上久遠]

『J・R・ピアース著、霜田光一・藤岡知夫訳『量子エレクトロニクス』新装版(『現代の科学5』1977・河出書房新社)』『大津元一著『レーザーと原子時計』(1986・オーム社)』


メーザー(Justus Möser)
めーざー
Justus Möser
(1720―1794)

ドイツの評論家、歴史家。法律学を学び、故国オスナブリュック司教領の検事、行政長官等の要職を歴任した政治家でもあった。若いころには合理主義哲学、啓蒙(けいもう)思想に親しんだが、政治実務について故国の実情を知るにつれ、経験的に個々の事物から得られる全体的印象を重んずるようになり、独自の伝統主義的、有機体的思想を抱くようになった。1763年イギリスに渡って強い印象を受け、その範に従って週刊新聞を発刊(1766)したが、それへの寄稿文を集めた『愛国的幻想』Patriotische Phantasien(1774~1786)では、農民、都市の伝統的法制度に深い愛着を込めた賞賛を呈して、絶対主義君主による改革を批判。その主著『オスナブリュック史』Osnabrückische Geschichte(1768~1824)は19世紀における歴史学の発達に強い刺激を与えた。保守主義、ロマン主義の先駆者という歴史的意義をもち、ヘルダー、ゲーテにも大きな影響を与えた。

[中村賢二郎 2015年4月17日]

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百科事典マイペディア 「メーザー」の意味・わかりやすい解説

メーザー

物質と電磁波との相互作用における誘導放出を利用してマイクロ波の増幅,発振を行わせる装置。メーザーmaserはmicrowave amplification by stimulated emission of radiation(誘導放出によるマイクロ波増幅)の頭文字をとったもの。通常の熱平衡状態にある物質では,低いエネルギー準位にある原子や分子が多いので,マイクロ波を照射しても吸収されるだけだが,適当な方法で高いエネルギー準位にある原子や分子を多くした物質では,マイクロ波を照射すると吸収よりも誘導放出が多くなり,原子や分子の内部エネルギーを得てマイクロ波は増幅される。増幅系を共振器の中に置き,出力の一部を共振器にフィードバックしてやると発振させることができる。メーザーでは入力波と出力波の周波数,位相が同じでコヒーレント(可干渉的)な増幅が特徴で,周波数変動や内部雑音も少ない。材料により気体メーザー(ガスメーザー)と固体メーザーに分かれる。前者は高真空中に気体原子または気体分子をビーム状に噴出させ,高いエネルギー準位にある原子(分子)を集束器によって集束し,空洞共振器へ導くもので,原子線(分子線)メーザーともいう。水素原子,アンモニア分子などが使われ,周波数の安定した発振が得られるので周波数標準,原子時計などに応用される。後者は常磁性結晶の磁気共鳴を利用し,外部磁場をかけると結晶中に4種のエネルギー準位が現れるので,そのうちの適当なエネルギー準位を選んでメーザーに用いる。人工ルビー,ルチル(金紅石)などが用いられ,効率を上げるため極低温にする。低雑音マイクロ波増幅器としてすぐれ,電波天文学,人工衛星による通信,超遠距離レーダーなどに応用される。→レーザー
→関連項目ガスメーザータウンズプロホロフ量子エレクトロニクス

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改訂新版 世界大百科事典 「メーザー」の意味・わかりやすい解説

メーザー
maser

microwave amplification by stimulated emission of radiationの頭文字をとって作られた語。アメリカのタウンズCharles Hard Townes(1915- )の命名といわれる。物質と電磁波との相互作用における誘導放出を利用したマイクロ波の増幅や発振,あるいはそのための装置をいう。microwaveのmをlightのlにかえたのがレーザーで,両者はまったく同一の原理に基礎をおいている。

 共鳴した電磁波の強度に比例した確率で,励起状態にある原子や分子からの電磁波の放出が誘発される過程(誘導放出)の存在は,はやくからアインシュタイン(1917ころ)によって予言されていた。電磁波が可視光である場合には単一モードの電磁波の強度を十分に強くできないこと,励起状態の原子・分子の数が極端に少ないことなどのために,この過程は長いこと検知されないままになっていたが,第2次大戦中および戦後のマイクロ波技術の発達によりマイクロ波分光が可能になって検出された。さらにタウンズらは,励起状態の分子だけを集める特殊な装置を考案し,誘導吸収に打ち勝って誘導放出過程のみを起こさせることに成功した(1954)。この装置によれば,弱いマイクロ波を〈たね〉として,ねずみ算的な電磁波の増幅ができ,その結果得られるマイクロ波は,電子管などによって得られるものよりはるかに良質のものとなる。メーザーには動作物質に気体を用いる気体メーザーと,固体を用いる固体メーザーとがある。前者は発振周波数がきわめて安定で,高精度,高分解能の実験や時間標準などにアンモニアメーザーや水素メーザーが利用されている。固体メーザーの場合は,遷移元素イオンを不純物として含むルビーなどの常磁性結晶が動作物質として用いられ,低雑音マイクロ波増幅器として利用されている。なお,宇宙空間など自然界でもメーザー作用が起こるようであり,いくつかの分子のスペクトルについて,非常に強力なマイクロ波が電波天文学の分野で検出されている。メーザーのアイデアはやがて振動数のもっと高い光領域に拡張され,レーザーとしてめざましい発展をとげることになる。
レーザー
執筆者:


メーザー
Justus Möser
生没年:1720-94

ドイツ北部の町オスナブリュックの文筆家,政治家。イェーナとゲッティンゲンの大学で学んだのち,1742年にオスナブリュックの騎士階層の団体の書記となり,そののち弁護士となる。47年にはオスナブリュックの内政・外政にわたる法律問題の全権をゆだねられた。68年以後は全ラントの統治をゆだねられ,有能な政治家として活躍した。1766年以後《オスナブリュッカー・インテリゲンツブラット》(週刊)を発行し,ほぼ同じころに《愛国的幻想》を編んだ(全4巻,1775-86)。また従来の歴史叙述が王侯・貴族のみを扱っていたのに対し,メーザーは農民や手工業者に注目して,経済史の叙述を試みた。《オスナブリュック史Osnabrückische Geschichte》(1,2巻,1768。3巻,1824)は一小都市を扱いながらも全ドイツ史を展望する社会・経済史叙述の試みであった。近代の社会構造史研究の先駆者ともいえる。農民の共同体のなかに自由人の真のあり方をみるメーザーの方法は,伝統を重んずる歴史主義の基礎を築き,政治的には保守主義に傾斜していった。フリードリヒ大王にささげられた《ドイツの言語と文学について》(1781)によってメーザーは言語学や文学においても独特な地位を占めている。
執筆者:

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化学辞典 第2版 「メーザー」の解説

メーザー
メーザー
maser

電磁波の誘導放出を利用して,電磁波の増幅,発振を行う装置.本来はマイクロ波の増幅あるいは発振を行わせるための装置として考案されたものであり,メーザー(MASER)という名前もmicrowave amplification by stimulated emission of radiationの頭文字をとったものである.その後,波長範囲が広がり,ラジオ波や光の領域にまで及び,光のときにはレーザーとよばれるようになった.増幅,発振に必要な負温度の状態を得る方法としては,電磁波を用いるポンピング,分子線を用いエネルギーの高いほうの準位にある原子または分子のみを選択する方法,磁場を急速に反転する方法,あるいは光を用いるポンピングなどがある.おもに原子・分子の超微細構造準位間の遷移,あるいは磁場のなかに置かれた常磁性物質のゼーマン準位間の遷移が用いられている.大別すると,分子線を用いるビームメーザーと常磁性物質を用いる常磁性メーザーとがおもなものである.有名なものとしては,はじめてメーザーとして成功したアンモニアビームメーザー,H原子,Cs原子を用いるビームメーザー,あるいはルビーや,そのほかの常磁性物質(Cr3+,Fe3+,Cd3+)を低温で用いる常磁性メーザーがある.メーザーの重要な性質は,その発振周波数を高い精度で安定化することが可能な点と,増幅器として用いたときに低雑音であることである.その性質のうち,前者は電波の周波数標準あるいは原子時計に応用され,また後者はマイクロ波のとくに低雑音を必要とする受信器の初段増幅器に用いられている.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「メーザー」の意味・わかりやすい解説

メーザー
maser

原子や分子の誘導放出を用いて電磁波の増幅発振を行う装置。 microwave amplification by stimulated emission of radiationの頭文字をつないで名づけられた。 1954年 C.H.タウンズが最初の発振に成功したアンモニア分子線を用いたメーザーや,水素の原子線による気体メーザーは周波数安定性がよく,周波数標準に用いられる。また,常磁性共鳴を利用したルビーなどの固体メーザーは低雑音増幅器として電波望遠鏡の初段増幅器に用いられる。反転分布の状態をつくるには気体メーザーの場合は,分子線や原子線に沿った集束電極または集束磁極を用いる。共振器としてはマイクロ波空洞共振器が使われる。のちにこれが発展して光を発振するものとなり,レーザーとなった。

メーザー
Möser, Justus

[生]1720.12.14. オスナブリュック
[没]1794.1.8. オスナブリュック
ドイツの評論家,歴史家。領主司教区オスナブリュックの種々の指導的地位につき,政治家としても活躍。国粋的な方向を目指す歴史観の代表者。ドイツ民族意識の発達にも影響を及ぼし,ゲーテらに尊敬された。主著『愛国的幻想』 Patriotische Phantasien (4巻,1774~78) ,『オスナブリュック史』 Osnabrückische Geschichte (2巻,68) 。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「メーザー」の解説

メーザー
Justus Möser

1720~94

18世紀ドイツ,オスナブリュックの法律家,歴史思想家。『オスナブリュック史』(1768年)や『愛国の幻想』(1774年)を著し,現在の社会が過去から歴史的に形成されたものであることを説き,ドイツの歴史主義的思考に強い影響を与えた。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

世界大百科事典(旧版)内のメーザーの言及

【オスナブリュック】より

…しかし17世紀にいたるまで,この町はほとんど帝国直属都市と同じような位置をもちつづけることができた。18世紀の後半にはJ.メーザーが事実上この町の行政の責任者となり,その体験のなかから《愛国者の幻想》や《オスナブリュック史》が生まれた。19世紀にはシュテューベCarl Bertram Stüve(1798‐1872)が市長となり,ハノーファー地区の農民解放に尽くし,メーザーの《オスナブリュック史》の後編を書いている。…

【レーザー】より

…低いエネルギー状態(エネルギー準位)にある分子(あるいは原子,イオン)の数より高いエネルギー状態にある分子の数のほうが多いという非熱平衡分布(反転分布)をしている物質系に,共鳴する光を作用させて,誘導放出過程によって,コヒーレントな光の増幅を起こさせることおよびそのための装置をいう。lightをmicrowave(マイクロ波)におきかえたメーザーmaserと同じ原理に基づく。
[原理]
 分子(または原子,イオン)から電磁波(光もマイクロ波もその一種)が放射される機構は,自然放出と誘導放出の二つに大別される。…

※「メーザー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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