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ユーロコミュニズム ユーロコミュニズム Euro-communism

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ユーロコミュニズム
ユーロコミュニズム
Euro-communism

西ヨーロッパ共産主義運動。 1970年代にイタリア共産党をはじめフランススペイン共産党などがモスクワの指導を離れて自主路線をとる傾向が強まり,西欧型の共産主義として脚光を浴びた。ソ連ないし東欧型の共産主義でなく,議会制民主主義のもとでの共産主義を掲げている点に特徴があり「白い共産主義」ともいわれる。

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デジタル大辞泉の解説

ユーロコミュニズム(Eurocommunism)

1970年代後半に、西欧諸国、特にイタリア・フランス・スペイン共産党がとった自主的な共産主義路線。ソ連共産党の路線に追随せず、複数政党と民主的な政権交代を認めた議会制度を通じて社会主義への移行をめざすもの。

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百科事典マイペディアの解説

ユーロコミュニズム

1970年代から1980年代,西欧のいくつかの共産党が,ソビエト連邦共産党に代表される伝統的な革命戦略と社会主義体制を批判し,自国の社会的・政治的状況に応じた戦略と体制を追求しようとした動きを指す用語。
→関連項目構造改革論

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世界大百科事典 第2版の解説

ユーロコミュニズム【eurocommunism】

西欧のいくつかの共産党が,旧ソビエト連邦に代表される伝統的な革命戦略と社会主義体制のモデルを批判し,それらの国自身の社会的・政治的状況に応じた戦略と体制像を追求しようとした傾向を指すことば。広義には,ヨーロッパに限らず,発達した資本主義国の共産党(たとえば日本やオーストラリアなど)がこのような動きを示す場合にも用いられる。この用語が広く使われたのは,1970年代後半であった。それはこの時期に,イタリア,スペイン,フランス3国の共産党が,歩調をそろえてソビエト的社会主義を批判し,各国の政治的変革について独自の戦略を強く打ち出し,また共産党を含んだ政権が成立する可能性さえ指摘されていたからであった。

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大辞林 第三版の解説

ユーロコミュニズム【Eurocommunism】

西ヨーロッパ諸国の共産党にみられた共産主義。旧ソ連の指導下に属さず、複数政党と民主的政権交代を認めた議会制により共産主義をめざした。1970年代のイタリア・フランス・スペイン共産党に顕著。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ユーロコミュニズム
ゆーろこみゅにずむ
Eurocommunism

1970年代に、主として西欧諸国の共産党、とくにイタリア共産党、フランス共産党、スペイン共産党が採用した、ソ連型の伝統的あり方とは異なった共産主義運動の革命路線・政策・活動スタイル・思考様式の総称。
 ユーロコミュニズムということば自体は、もともとジャーナリズム用語で、1975年7月のイタリア共産党書記長ベルリングエルとスペイン共産党書記長カリリョの会談を報じた、イタリアの有力紙『スタンパ』のレビ編集長の命名といわれる。ユーロコミュニズムの路線をとった共産党は、イタリア、フランス、スペイン共産党が代表的であるが、イギリス、スウェーデン、ベルギー、デンマーク、日本、オーストラリアなどの各共産党も基本的に同様の方向をとった。この意味で、ユーロコミュニズムは、1989年東欧革命、91年ソ連解体でコミュニズムの総体が崩壊する以前の、国際労働運動・共産主義運動内の一つの潮流であった。
 ユーロコミュニズムの政治路線・革命路線の特徴は、社会主義へのナショナルで民主主義的な道の主張であり、自由・民主主義と両立可能な、民主主義的で多元主義的な社会主義を展望した。ユーロコミュニズムは、1956年のソ連共産党第20回大会におけるスターリン批判に起源をもち、それはまずイタリア共産党における「社会主義へのイタリアの道」の定式化により開始された。そこでは、ソ連の社会主義建設過程でのスターリン主義的抑圧が、単にスターリン個人の誤りや個人崇拝に起因するものではなく、政治的・社会的諸制度の誤りであったことが述べられ、イタリアにおける社会主義への変革過程は、ソ連がたどった道をモデルにしたり模倣したりするのではなく、反ファシズム闘争の所産であるイタリア共和国憲法を順守した、民主主義的方法による社会構造の改良であることが明示されていた。それまでの国際共産主義運動は、世界で初めて社会主義革命を達成したソ連共産党が名実ともに指導権を専守しており、他の社会主義国の指導者交代に介入したり、資本主義国の共産党の政治路線策定に干渉したりすることもしばしば行われていた。しかし、中ソ論争、チェコスロバキア「プラハの春」とワルシャワ条約機構軍によるその干渉的圧殺(1968)などの事態は、スターリン時代の数々の抑圧の事実の歴史的検証の進行と、ソ連・東欧諸国での自由と民主主義の制限の実態が西欧諸国民の常識として定着している状態と相まって、西欧諸国共産党の「モスクワ離れ」、国際共産主義運動における多中心主義、自主独立の主張を生み出し、「プラハの春」圧殺に際しては多くの共産党がソ連批判を行い、ソ連型社会主義全体をも批判的に分析するようになった。また、「プラハの春」と同時期に勃発(ぼっぱつ)したパリの5月危機やイタリアの労働運動高揚の経験は、西欧先進国におけるソ連・東欧型とは異なる革命路線と政治指導の必要を各国共産党に痛感させた。さらに南米チリにおける人民連合政府の実験(1970~73)が、その敗北の経験を含めて、ソ連共産党第20回大会でも承認されていた国民多数に依拠しての選挙と議会を通じての社会主義への平和的移行の路線を具体化させることになった。
 こうして形成されたユーロコミュニズムは、平和革命の路線を、フランス共産党の社会党との「左翼連合」、イタリア共産党のキリスト教民主党を含む「歴史的妥協」、スペイン共産党のフランコ独裁打倒後の「モンクロア協定」参加、日本共産党の「民主連合政府」構想などのように、それぞれの国情にあわせて具体化していった。この過程で、すでにイタリア共産党では放棄されていた「プロレタリアートの独裁」という用語も、各国共産党により放棄ないし再定義された。「マルクス・レーニン主義」という用語も、後進国ロシアの革命過程から生まれスターリン時代に定式化されたものとして使われなくなった。ソ連・東欧型社会主義への批判は、社会主義像そのものを、現存社会主義を反面教師とした新しい構想に導いた。思想・言論・集会・結社・出版の自由など市民的自由と基本的人権の尊重はもとより、社会主義のもとでも複数政党制と民主的政権交代が認められるものとされ、「自主管理社会主義」「多元的社会主義」として諸個人の個性と社会の多元性が開花するものと規定された。
 しかし、1989年の東欧革命、91年ソ連解体は、ソ連・東欧型の現存社会主義を最終的に解体し、その政権を担ってきた共産主義政党を崩壊に導いた。ユーロコミュニズムをかかげてきた共産党も、イタリア共産党の左翼民主党への変身をはじめ、多くは共産主義そのものを放棄し、解散したり社会民主主義へと転換していった。[加藤哲郎]
『E・ベルリングェル著、大津真作訳『先進国革命と歴史的妥協』(1977・合同出版) ▽田口富久治著『先進国革命と多元的社会主義』(1978・大月書店) ▽S・カリリョ著、高橋勝之・深沢安博訳『“ユーロコミュニズム”と国家』(1979・合同出版) ▽加藤哲郎著『東欧革命と社会主義』(1990・花伝社)』

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世界大百科事典内のユーロコミュニズムの言及

【共産党】より

…一枚岩主義からの脱却という点でいちばん前進したのは,ソ連共産党からの各国共産党の〈自主独立〉という面においてであり,この点では,コミンフォルム除名後のユーゴスラビア共産主義者同盟,60年前後からの〈中ソ論争〉や50年代半ば以降のイタリア共産党,日本共産党などが積極的役割を演じた。路線の面では,第8回大会(1956)以降のイタリア共産党,ついで日本共産党,フランス共産党,スペイン共産党などが,いわゆる先進国革命路線をとり,ユーロコミュニズムの潮流が形成された。その特徴は,(1)統一戦線勢力が国会などにおいて圧倒的多数を占めることを足がかりとして社会主義への平和的移行が展望されていること,(2)それにともなう〈プロレタリア独裁〉概念の放棄ないし訳語の変更,(3)将来の体制における議会制民主主義,複数政党制,基本的人権の尊重の公約などである。…

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