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ル・コック Le Coq, Albert von

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ル・コック
Le Coq, Albert von

[生]1860.9.8. ベルリン
[没]1930.4.21. コフマン
ドイツの東洋学者。ベルリンの民俗学博物館に勤めた。 A.グリューンウェーデルのあとをうけて東トルキスタンの調査を行い,1904~05,05~07,13~14年主として天山南路の各地において多くの美術品や古文書を発見した。主著『高昌』 Chotscho (1913) ,『中央アジア仏教的古代末期』 Die buddhistische Spätantike in Mittelasien (7巻,22~33) 。

ル・コック
Le Coq, Robert

[生]1310頃.モンディディエ
[没]1368. カラホラ
フランスの聖職者。 1351年ラン司教。 56年および 57年の全国三部会で É.マルセルと結び,王権を制限する改革勅令発布のために活躍したが,その意図はナバール (ナバラ) 王シャルル (邪悪王) のためにフランス皇太子シャルル (のちのシャルル5世) を掣肘することにあった。 59年カレーの和約で皇太子とナバール王の和議が成立すると,王国内での活動を禁じられ,ナバール辺境のカラホラ司教区に移された。

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百科事典マイペディアの解説

ル・コック

ドイツの東洋学者,探検家。ベルリンの豪商の子。1900年ベルリン民族博物館の無給職員となり,のち館長となって終生在職。1902年―1914年の間に4回,クチャトゥルファンなど東トルキスタンを探検。
→関連項目ショルチュクトゥムシュク

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ル・コック
るこっく
Albert von Le Coq
(1860―1930)

ドイツの東洋学者、探検家。ベルリンの民族学博物館館長を務め、在任中に没した。初めシリアの調査探検に参加したが、その後、1902年にグリュンウェーデルの第1回のトゥルファン探検に加わり、4~5年の第2回、5~7年の第3回、13~14年の第4回の探検には、自ら隊長となってトゥルファン、クチャ地方の調査を行っている。高昌(こうしょう)国のカラ・ホージョの徹底的な調査を試みているほか、ショルチュック遺跡、キジル千仏洞などの調査を行った。多数の壁画、彫刻、写本類を持ち帰っているが、なかでもマニ教関係の経典、絵画は著名である。著作『マニハイカ』『高昌』『シナ‐トルキスタンの埋もれた財宝』などがある。[飯島武次]

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