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ロイテル ロイテルRuyter, Michiel Adriaanszoon de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロイテル
ロイテル
Ruyter, Michiel Adriaanszoon de

[生]1607.3.24. フリシンゲン
[没]1676.4.29. シラクサ
オランダの軍人,提督。若い頃から海員生活に入り,1641~45年オランダ海軍に在籍。 52~54年の第1次イギリス=オランダ戦争が勃発すると再び海軍に入隊,戦功を立て,53年副提督に昇進。

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百科事典マイペディアの解説

ロイテル

オランダの海将。英蘭(イギリス・オランダ)戦争に参加,初めトロンプに従い,のち海軍総司令官としてテムズ川を封鎖し,ロンドンを脅かして国民的英雄になった。その後シチリア沖でフランス艦隊と戦い,戦傷死。

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世界大百科事典 第2版の解説

ロイテル【Michiel Adriaanszoon de Ruyter】

1607‐76
オランダの海軍提督。少年時代から海に出,商船をはじめ捕鯨船,私掠船,軍艦などで経験を積み,34歳で軍艦の艦長となる。第1次英蘭戦争(1652‐54)の折,副司令官に就任し,各地の海戦でめざましい活躍をした。1653年,司令官に昇進。戦後は地中海方面の海賊船や私掠船の掃討,ダンケルクの解放,ポルトガル海上封鎖スウェーデンへの遠征,黄金海岸イギリスからの奪取など縦横無尽に活躍した。第2次英蘭戦争(1665‐67)に際して海軍提督に任命され,〈四日海戦〉や〈テムズ河口の奇襲〉などで勝利をおさめ,つづく第3次英蘭戦争(1672‐74)でも英仏両国を敵にまわして戦い,英仏連合軍のオランダ上陸を阻止した。

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世界大百科事典内のロイテルの言及

【英蘭戦争】より

…第2次英蘭戦争(1665年3月~67年7月)は植民地問題に端を発して,イギリスが宣戦布告したもので,まれに見る大海戦が2度にわたって展開された。この間イギリスではペストの大流行とロンドンの大火があり,これに乗じてロイテル提督のオランダ艦隊はテムズ河口にまで迫った。オランダ優勢のままブレダ条約で講和が成立し,航海法の適用がオランダ側に有利なように緩和された。…

【オランダ戦争】より

…ほぼ同時にドイツ軍も侵攻し,海上からは英仏連合艦隊が攻撃して,オランダは国家存亡の危機に立たされた。しかしウィト失脚の後をうけたウィレム3世が陸軍を再編制して反撃に移り,海上ではロイテル指揮のオランダ艦隊が再三にわたって英仏艦隊を破り,73年末にはオランダは危機を脱した。その後イギリス,ドイツ,スペインがオランダ側についたため形勢は逆転し,78年にナイメーヘンの和約が成立した。…

※「ロイテル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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