一妻多夫婚(読み)いっさいたふこん(その他表記)polyandry

翻訳|polyandry

改訂新版 世界大百科事典 「一妻多夫婚」の意味・わかりやすい解説

一妻多夫婚 (いっさいたふこん)
polyandry

1人の妻が2人以上の社会的に認められた配偶者をもつ婚姻形態。これは夫としての身分が明確であるか否かにより,単なる妻貸しや愛人関係とは区別される。チベットなどにみられる,兄弟が1人の妻と同一世帯を形成するタイプと,トダ族のように妻が別々に住む夫たちのところを定期的に巡回するタイプ,あるいはナヤール族のように数人の夫が1人の女のもとを訪れるタイプがある。この制度では,複数の夫のうち誰を子どもの社会的父親と認定するかが常に問題となる。チベットの一妻多夫婚では,長兄を中心に行われる結婚式に未成年の弟たちも参加し,1戸の家に住む。子が生まれると普通は長兄が社会的父親とされる。このような同居タイプは,花嫁代償が高額な社会で,貧しい兄弟たちが共同でこれを支払い,妻を共有する場合にもみられた。これに対してトダ族では,子が生まれる前に“弓を贈る”儀礼をした夫が,別の夫によって次の弓の儀礼が行われるまで,たとえ死亡した後であっても,生まれてくる子どもたちの父親とされる。ナヤール族の女性は,初潮前に結婚式の要素をも含む成女式を終えた後は,家長の同意のもとに,自分と同じかそれ以上のカーストの男1人または数人を夫としてもつことが許された。夫といっても夜に訪れてくるだけで,簡単な贈り物以外には,子どもの養育しつけ生計に対して経済的な役割を果たすことは全くなかった。生まれた子どもの〈父〉は,この愛人のような夫たちの1人が産婆に布と野菜の贈り物をすることにより認定された。もし誰も名乗り出る者がいないと,下位カーストの男と性関係をもったとされ,カースト全体の評判を傷つけないよう母子とも自己のカーストから追放された。

 一妻多夫婚が行われる理由として,女嬰児殺しによる男女の比率の不均衡があげられることがあるが,チベットでは成人に達した段階では女性人口の方が男性のそれを上回っているという報告もある。むしろ厳しい自然環境下で財産分散を避けるため,あるいは夫が交易や狩猟,戦闘で長期不在となる場合の妻子の保護,花嫁代償の節約といったさまざまの理由があげられる。またこの制度は,母系制や女性の高い地位と結びつけて考える向きもあるが,たとえばチベットでは父系的傾向が強いし,必ずしも対応関係があるとはいえない。
一夫多妻婚
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「一妻多夫婚」の意味・わかりやすい解説

一妻多夫婚
いっさいたふこん

複婚plural marriage, polygamyの形態の一つで、1人の女性が同時に2人以上の男性を配偶者とする制度。ポリャンドリーpolyandryという。一妻多夫婚の事例は現実にはきわめて少ない。インドのトダやカダールチベット人ポリネシアのマルケサス島人、スリランカのシンハラなどの間でみられる。トダの人々の間でみられるように兄弟同士で妻を共有する場合が多いが、カダールやインドのナヤールにおいてのように、1人の妻と関係をもつ男同士が無関係である場合もある。前者は一妻兄弟婚fraternal polyandry, adelphic polyandryともよばれる。一妻多夫婚とされる多くの場合、実際に男たちによって共有されているのはその女性との性交の権利だけであり、これらの結び付きの結果生まれた子供は、しばしばその女性と最初に契約を結んだ男の実子とされるということから、これら一妻多夫婚が厳密には複婚ではないと考える論者もいる。ナヤールの間でのように、夫たちは妻のもとに通うだけで同居せず、生まれてくる子供に対していっさい責任を負わず家族を養う義務もないといったぐあいに、私たちのもつ結婚や家族に対する通念をもってしては理解が容易でないケースも多い。

[濱本 満]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「一妻多夫婚」の意味・わかりやすい解説

一妻多夫婚
いっさいたふこん
polyandry

複婚の一種。1人の妻が多数の夫と同時に婚姻関係をもつものと,1人の妻が一定期間に次々と夫を変えて同棲するものとがあるが,後者の場合,妻の貸与の習俗と混同される面があった。一妻多夫婚の場合,その分布や制度化の程度は一夫多妻婚に比して著しく限定されており,その動機もまちまちである。著名な例はインドのトダ族チベット人,アフリカのワフマ族,ヒマ人などにみられるにすぎない。チベット人の場合は,兄弟の財産分割を避けるため,および労働力維持増大のためという要因が強く,ワフマ族の場合は,独立して妻をもてない兄弟が夫権を共有するという要因によっている。このように,兄弟間で妻を共有するという事例が多く,それも当該民族の間で望まれている制度というわけではなく,きわめて例外的である。

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百科事典マイペディア 「一妻多夫婚」の意味・わかりやすい解説

一妻多夫婚【いっさいたふこん】

複婚の一種。ポリアンドリーPolyandryという。一人の女子が同時に複数の男子と婚姻関係をもつ形態。チベット人,南インドのトダ人など一部の社会にのみみられ,一般に社会的・経済的条件によって行われる。愛人関係とは区別され,妻が生計を異にする夫たちの間を巡回するタイプ,兄弟が一人の妻と世帯を営むタイプなどがある。→一夫多妻婚
→関連項目複婚レプチャ

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世界大百科事典(旧版)内の一妻多夫婚の言及

【配偶型】より

…繁殖期に雄がなわばりをつくって雌集団を待ちうけるシカやサイの場合のように,1繁殖期間中に,次々と相手を変えてつがう場合を連続的一夫多妻制successive polygynyというが,これは基本的には短期間の一夫一妻制の連続と考える方がよい。なぜなら,その場合にはおそらく雌も次々と相手を変えてつがっているはずだから,雌の側から見れば連続的一妻多夫制successive polyandryが生じているからである。 鳥では一夫多妻制のものは全体の5%以下といわれ,日本にすむ鳥ではセッカ,オオヨシキリ,ミソサザイなどがこれにあたる。…

【親族】より

…このような場合,〈ジェニトリックス〉もまた自分の生まれた子を育てないので,助産婦料を支払った男の妻が子どもの養育権を獲得し〈メーター〉となる。南インドのトダ族の間では一妻多夫婚が行われており,1人の妻は数人の夫をもっている(多くの場合,夫たちは兄弟である)。この社会では,数人の夫はみな〈ジェニター〉でありうるわけだが,子どもの法的な父親すなわち〈ペーター〉は,そのなかの1人に限られており,〈ペーター〉は〈弓矢の贈与〉という儀礼によって親権を得ることができる。…

※「一妻多夫婚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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