一夫多妻婚(読み)いっぷたさいこん(英語表記)polygyny

翻訳|polygyny

改訂新版 世界大百科事典 「一夫多妻婚」の意味・わかりやすい解説

一夫多妻婚 (いっぷたさいこん)
polygyny

1人の夫が,社会的に認められた2人以上の配偶者をもつ婚姻形態。夫のもとに妻たちとその子が同一家屋内で同居共食するタイプと,アフリカに多く見られるような,妻たちがそれぞれ自分の子どもと共に,屋敷内の分離した家屋に住み,かまどを別にし半独立的生計を営むタイプがある。後者では1人の夫を中心に,数個の夫婦家族が集まった家族形態をとるのに対し,前者では複数の妻たちが同一世帯を形成するため,妻たちの関係はより直接的になり,組織化が必要となる。いずれの形式においても,妻たちに婚入の時期や,年齢,出身階層により序列がつけられ,役割に差のあるのが普通であるが,ユーラシア大陸では,前者のタイプの結果として,妻,妾といった形で区別が明確になっていることが多い。例えば,旧中国では妾を迎える際には花嫁用の轎(こし)を使わず,その後の身分差を明確にしていた。しかし,本人はこのような低い身分におかれていても,その息子が嫡子と同等の相続権を与えられるので,単なる愛人関係とは異なり配偶者の一種と考えられる。イスラム社会一夫多妻も有名である。コーランの4人までめとってもよいという規定から,男子本位の一夫多妻が一般的なように思われているが,実際には数%で,しかもそのほとんどは2妻である。妻の扱いも公平が規範として強調され,夫は妻を順に訪れねばならず,旅への同伴者をくじ引きで決める例さえある。夫の側に妻を平等に扶養する義務の課せられている点にも注目する必要があろう。

 多妻の目的には,男性の性的欲求の充足やその社会的威信の誇示だけでなく,家族内労働力の確保,子ども(とくに後継者)をできるだけ早くかつ多く得る,姻縁による紐帯を増やす,あるいは未亡人を亡夫の既婚の親族が引き取る(レビレート)など多様である。このように一夫多妻婚は,政治的・経済的要因と結びつき,上層でとくに顕著に行われる傾向がある。一夫多妻が夫の地位をさらに高める手段となっている例は,トロブリアンド島にも見られる。ここでは,その主要作物であるヤムイモを大量に姉妹の夫に贈る慣習と結びついて,時には数十人の妻をもつ首長のもとにヤムイモが集積し,彼の権力の重要な経済的基盤となっている。一夫多妻婚が,このように一部の階層のみに限らず多くの人々によって行われている社会では,戦争などにより男の人口が女に比べ著しく少ないか,婚姻年齢を男子に高く女子に低くすることによって,そのつりあいが保たれている。
婚姻 →幼児婚
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「一夫多妻婚」の意味・わかりやすい解説

一夫多妻婚
いっぷたさいこん

ポリジニーpolygynyという。1人の男性が同時に2人以上の女性を妻としてもつような複婚plural marriage, polygamyの一形態である。世界各地に広くみられるが、とくにイスラム文化のもとにある社会の例がよく知られている。またサハラ以南のアフリカ黒人社会にも広くみられる。一般には、実際に複数の妻をもっている男性の割合はどの社会でもそれほど大きくはないが、これは人口の性比から考えると当然のことであろう。複婚社会では普通多くの妻をもっていることは高い社会的評価を意味する。オーストラリアの狩猟採集民ティウィのように、女性が一握り老人や有力者の手に集中している社会もあれば、また、正式な結婚に婚資(bride wealth)の支払いを必要とする多くのアフリカ社会でのように、並外れて裕福な者だけが多数の妻をもつような社会もある。

 多くの妻をもつことによって社会的威信が高まる社会においては、男たちは性的願望からというよりも、むしろ名声を求めて多くの妻を手に入れたいと望む。しかし同時に、こういった社会における女性の生産労働力としての側面もしばしばきわめて重要である。女性の植物性食料採集に生活の多くを依存するオーストラリアのティウィでは多くの妻は明らかに食生活の豊かさを意味する。多妻婚が不道徳であると説くヨーロッパ人の宣教師に対してティウィの長老は「妻1人でどうやって食べていくんだ」と答えたという。

 アフリカの農耕民社会の多くでは、妻のひとりひとりは固有の耕作地を与えられ、そこで農耕に従事する。収穫はそれぞれの妻の所有物となる。夫は妻たちの経済活動を管理運営する経営者のような立場にたつわけである。多くの妻をうまく管理する男は経済的にも成功し豊かな世帯を営む。その富を頼って多くの人々が彼の所帯に集まり、男は政治的な名声をも高めるのである。複婚の家族では、妻相互の嫉妬や息子の相続をめぐる利害の対立がときとして大きな問題となる。しかし反面、女性にとって夫が自分以外の妻をもつことは、家事労働において助手あるいは協力者を得ることにもなり、またときには、横暴な夫に対抗する仲間を得ることにもなる。このため、ときには妻のほうから夫にもう1人妻をとるように勧めることもあるという。

[濱本 満]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「一夫多妻婚」の意味・わかりやすい解説

一夫多妻婚
いっぷたさいこん
polygyny

1人の男性が複数の女性を妻とする婚姻形式。一般に一夫多妻婚は,一夫一婦婚を通常の婚姻形式としながら,特殊な事情もしくは特定の人々にそれを社会的に容認している形で存在する。たとえば伝統的なエスキモー文化では,一夫一婦婚を原則としてきたが,男女の人口比その他の理由によって女性に結婚難の状況があれば,一夫多妻婚を当然のこととして認めてきた。第1夫人と第2夫人以下との処遇方法は,エスキモーのようにほとんど差異のない文化もあったし,第1夫人に特別な地位なり名誉を与えている文化もある。多くの場合,複数の妻たちは居住を別にしてきたが,クロー族のように姉妹が同一の夫をもつ姉妹多妻婚の場合には居住を共同にしてきた。イスラム圏やアフリカの諸民族にみられるように,妻の人数が社会的地位なり権力の象徴となるような傾向もあった。

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百科事典マイペディア 「一夫多妻婚」の意味・わかりやすい解説

一夫多妻婚【いっぷたさいこん】

複婚の一種。ポリガミーpolygamyという。一人の男子が同時に複数の妻をもつ婚姻形態。夫の家に妻たちが同居する形と,妻たちがその子どもとともにそれぞれ別居する形があり,世界中に広く存在する。社会制度として確立している場合にも,それが可能なのは上流階級に限られるなど,多くの場合,それは富や権力の誇示として機能している。→一妻多夫婚
→関連項目複婚

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世界大百科事典(旧版)内の一夫多妻婚の言及

【社会性昆虫】より

…ただ群体動物とちがって,体がくっついていない別々の個体の集まりがみごとな統合性を示す点が,社会性動物である人間の関心をひきやすいのであろう。 社会性昆虫のコロニーには単女王性monogynyと複女王性polygynyとある。前者では大半の種で女王とワーカーは親子関係にあり(真社会性eusociality),少数のハチで姉妹または同一世代個体(半社会性semisociality)関係になっている。…

【配偶型】より

…また,なわばり雄の精巣を除去しても雌が受精卵を産んだというハゴロモガラスの実験もあることから,一夫一妻といっても,厳密に遺伝的に父性が保障されてはいないようである。
[一夫多妻制polygyny]
 1匹の雄が複数の雌と同時的に配偶関係をもつ。いっぽう雌はそれぞれがただ1匹の雄とのみつがい関係をもつものをいう。…

【配偶型】より

…有性生殖をする動物は,その生涯においていつかは異性とめぐり合い,子孫を残すための営みを行わなければならない。そのとき雄・雌間に結ばれるつがい関係のあり方を配偶型(人間における婚姻制度に対応するもの)という。つがい関係が雄・雌1個体どうしの間で結ばれるか,複数のものと結ばれるか,あるいは特定のつがい関係が存在しないかで配偶型を類別し,それぞれ一夫一妻制,一夫多妻制,一妻多夫制,乱婚制の四つに分類することができる。…

【メラネシア人】より

…西南太平洋のメラネシアに住む人々をパプア人も含めてさす広義の用法と,パプア人を除く狭義の用法があるが,ここでは狭義のメラネシア人について記述する。人種的にはオーストラロイド(黒人種)と混血したモンゴロイド系の人々である。混血により生まれたとされているメラネシア人は約5000年前にソロモン諸島,ニューヘブリデス諸島,フィジー諸島,ニューカレドニア島など,メラネシア水域の島々に広がり始めた。メラネシアでは島々への移住後の歴史が長いため,島嶼間または種族間相互の関係を求めるのは容易ではない。…

※「一夫多妻婚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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