江戸前期の『万葉集』の注釈書。契沖(けいちゅう)が徳川光圀(みつくに)の依頼で、下河辺長流(しもこうべちょうりゅう)にかわって著した。貞享(じょうきょう)末年(1688)ころ初稿本が成り、さらに光圀から写本や注釈書類が与えられ、また貸されて、『万葉集』の校本をつくり本文研究を進めて1690年(元禄3)精撰(せいせん)本が完成した。初稿本は平仮名、精撰本は片仮名で書き、惣釈(そうしゃく)で『万葉集』の書名、作者、品物、地理、音韻、枕詞(まくらことば)等を概説し、巻順にほぼ全歌と漢詩文、題詞左注、目録等につき約3000か所の本文訓読を改訂、うち約2000は現在定説として生きており、さらに内外の典籍を博引旁証(ぼうしょう)して語句、歌意や作者作意の解明を試み精密な注釈を加えた。仙覚(せんがく)の『万葉集註釈(ちゅうしゃく)』、鹿持雅澄(かもちまさずみ)の『万葉集古義(こぎ)』と並び称され、中世の古今伝授と異なり文献による実証主義にたつ近代的方法は古典注釈史上画期的である。
[林 勉]
『『契沖全集1~4』(1926・朝日新聞社)』▽『『契沖全集1~7』(1973~75・岩波書店)』▽『林勉著『万葉代匠記と契沖の万葉集研究』(『契沖研究』所収・1984・岩波書店)』
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「万葉集」の注釈書。精撰本20巻・惣釈6冊。契沖(けいちゅう)著。徳川光圀(みつくに)の依頼により下河辺長流(しもこうべちょうりゅう)が着手し,長流没後に契沖が完成させた。初稿本は1688年(元禄元)頃成立,精撰本は90年成立。注釈の方法はきわめて実証的で,万葉研究史上,仙覚の本文校訂と双璧をなすばかりでなく,古典研究史全体でも画期的な役割をはたした。「契沖全集」所収。
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…ただし僧など歌壇の外にいる人々や,片仮名では,この仮名遣いを守っていない。
[契沖仮名遣い]
江戸時代に入って古い伝統に対する自由な討究の学風が起こり,僧契沖は《万葉集》の研究によってその仮名使用に統一あることを知り,江戸時代のアクセントによっては統一的説明が不可能になっていた定家仮名遣いを不合理なものと断定して,《万葉集》を中心とする古代の仮名用法に従うべきであるとして,みずから《万葉代匠記》に用い,後に《和字正濫鈔(わじしようらんしよう)》(1695),《和字正濫通妨抄(つうぼうしよう)》(1697稿),《和字正濫要略》(1698稿)を著して世に広めた。橘成員が《倭字古今通例全書(わじここんつうれいぜんしよ)》を著してこれに反対したが,論拠が弱く,国学者はこれを相手とせず契沖の説を用い,契沖の説を補って《古言梯(こげんてい)》(楫取魚彦(かとりなひこ)著)が刊行された。…
…彼の著作は多いが,70歳のときまでの〈歌論〉を大成した《梨本集(なしのもとしゆう)》がある。《万葉代匠記》を著した契沖は茂睡と同時代人である。《万葉代匠記》は,下河辺長流(しもこうべちようりゆう)が水戸光圀に請われてはじめた万葉集注釈の作業を,長流老齢のため引き継いだ仕事であった。…
…こうして,山里での隠遁生活を送りながら古典研究にはげみ,仏典や漢籍に親しみ,梵語,梵字に関する研究である悉曇学(しつたんがく)(悉曇)を学んだ。1679年(延宝7)40歳のころ,実母と浪人となった実兄を養うために妙法寺の住職となり約10年間つとめたが,その間に下河辺長流に代わって,水戸光圀の依頼を受けた《万葉代匠記》の著述に着手し,87年(貞享4)ころ初稿本が,90年(元禄3)に精撰本が完成した。このころ,妙法寺を弟子の如海にあずけて大坂高津の円珠庵に隠棲し,生活上の補助を水戸家に頼りつつ,62歳で死去するまで古典の注釈と語学や名所研究に従事し,また弟子の今井似閑(じかん)や海北若冲(かいほくじやくちゆう)らの勧めによって万葉集の講義を行ったのである。…
…長流は武士出身の隠者,契沖は真言宗の僧であったが,ともに中世以来の閉鎖的な堂上歌学やその歌論に批判的であり,伝統の権威にとらわれぬ新しい古典注釈をめざした。契沖が長流の仕事を引きついで完成した《万葉代匠記(まんようだいしようき)》は,本文を厳密に校訂し,多くの用例から語義を確定し,かなづかい・語法をも配慮した注釈に特色がある。中世歌学の秘伝主義(古今伝受)に対して,客観的な考証にもとづく研究の基礎をうちたてたといえよう。…
※「万葉代匠記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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