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三池争議 みいけそうぎ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三池争議
みいけそうぎ

1959年から約2年間続いた三井鉱山三池鉱業所の大争議。三井鉱山は石炭斜陽化による経営再建のため,59年1月以来退職募集を中心とする対策をたてたが,成功せず,8月再び 4580人の退職募集を提案,さらに 12月三池鉱業所の 1278人の指名解雇を通告した。

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デジタル大辞泉の解説

みいけ‐そうぎ〔‐サウギ〕【三池争議】

昭和34年(1959)から翌年にかけて、三井鉱山三池鉱業所の大量人員整理に反対して展開された労働争議。会社側の大量指名解雇に対し、組合側は全面ストで対抗したが、中労委斡旋により会社案をのむ形で終結した。

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百科事典マイペディアの解説

三池争議【みいけそうぎ】

三池炭田の三井鉱山三池鉱業所(福岡県大牟田市)で起こった労働争議。1959年夏,石炭産業斜陽化のもとで三井鉱山は6000名の人員整理を計画,希望退職を募集したが計画人員に満たず,8月6山で4580名(三池は2210名)の解雇を含む整理を強行。
→関連項目太田薫九州派向坂逸郎谷川雁三池

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世界大百科事典 第2版の解説

みいけそうぎ【三池争議】

三井鉱山三池鉱業所(従業員約1万5000人)の人員整理(2210人)をめぐり,1959年夏から60年秋におきた大労働争議。石炭から石油へのエネルギー転換政策を背景に,三池鉱業所がビルド鉱として存続するための〈合理化〉をめぐっておこった。しかし最大の争点は,1200人余の指名解雇者に含まれた約300人の職場活動家の解雇問題にあった。三池炭鉱労働組合(三池労組)では,この争議にいたる5年ほど前から職場闘争が盛り上がっていた。

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大辞林 第三版の解説

みいけそうぎ【三池争議】

三井鉱山三池鉱業所が行なった大量人員整理に反対して、1953年(昭和28)と59~60年に起きた労働争議。折からの安保反対闘争と結びついて大争議となったが、組合側が指名解雇を認める形で60年11月終結。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三池争議
みいけそうぎ

三井鉱山三池鉱業所(三池炭鉱)で展開された戦後労働運動史上に残る大量人員整理反対争議。1953年(昭和28)と59~60年との2回ある。[松尾 洋]

1953年

世界的な石炭・重油の安値が国産炭を圧迫し、大手炭鉱の人員整理、中小炭鉱の休・廃山などで5万人の炭鉱労働者が失職する情勢下で、三井鉱山は8月7日、企業合理化のため六山合計6739人(うち三池1071人)の人員整理を発表した。全三井炭鉱労働組合連合会(三鉱連)はこれを拒否して争議に入り、会社側は希望退職者募集、さらに指名解雇を行ったが、希望退職者で整理人員を満たした山野・田川両鉱山を除き、組合は主力の三池炭鉱を中心に職場・社宅の小組織を基礎に、あるいは日本炭鉱主婦協議会(炭婦協)に組織される主婦の協力を得、また指名スト、部分スト、保安順法闘争などの新戦術を駆使し、11月27日解雇拒否者1841人(うち三池311人)の解雇撤回を得て勝利解決した。[松尾 洋]

1959~60年

1955年、エネルギー源の重油への転換により石炭鉱業合理化臨時措置法が公布され、非能率炭鉱が廃坑化されることになった。59年、石炭大手18社は炭価引下げのため11万人の整理を含む合理化の実施に踏み切り、三井鉱山では1月19日、6000人の希望退職者を募集したが、応募者は1324人にすぎず、8月28日4580人(うち三池2210人)の解雇などの第二次合理化案を発表し、組合の反対を排して10月から希望退職者募集を強行した。しかし、三池では整理人員に満たず、会社は12月11日組合幹部・活動家300人を含む1297人を指名解雇し、翌年1月25日炭鉱を閉鎖した。三池労組は全面ストに突入したが、3月には争議反対派が三鉱連の支持のもとに第二組合を結成、会社とともに生産を再開しようとしたので、第一、第二組合は激突した。第一組合は同炭鉱三川坑のホッパー(貯炭槽)を確保していたので、採炭しても運び出すことができず、会社申請による業務妨害排除の仮処分が執行されたが、第一組合は総評(日本労働組合総評議会)系組合員の支援を得てこれを確保し通した。組合側は、前年来の日米安全保障条約改定阻止闘争(安保闘争)の高まりに期待したが、それも7月には鎮静化し、池田内閣の要請に基づく中央労働委員会の斡旋(あっせん)により、会社は指名解雇を撤回し、該当者は自発的に退職するなどの条件で11月1日争議は解決した。[松尾 洋]
『三池炭鉱労働組合編『みいけ20年』(1967・労働旬報社) ▽三井鉱山株式会社編著『資料・三池争議』(1963・日本経営者団体連盟弘報部)』

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世界大百科事典内の三池争議の言及

【職場闘争】より

…そこでは〈労働者が職場の主人公〉であることが実践されていたのである。1959‐60年の三池争議は,この職場闘争のあり方を争点として争われた。三池労組の敗北後,職場闘争は総評労働運動の表舞台から消え去り,その名も世話役活動一般をあらわす〈職場活動〉といいかえられた。…

【石炭鉱業】より

…大手各社は59年に入ると大量の人員整理を軸とする企業再建案をあいついで発表し,石炭鉱業審議会は59年12月にトン当り炭価の1200円引下げをめざす石炭合理化計画を発表し,石炭鉱業整備事業団が石炭鉱業合理化事業団に改組され,近代化資金の貸付業務も行うことになった。企業再建案,とくに人員整理をめぐって60年の三池争議を頂点に長期争議があいついだが,結局大量の人員整理が断行され,炭鉱労務者は1958年度末の28万人以上から61年度末には20万人以下に減少し,能率は1958年度の13.9tから61年度の21.7tへと急上昇した。 しかし石油価格の値下がりは石炭の値下げをはるかに上回るもので,しかも1961年7月には翌年10月から石油輸入を自由化することが決定され,石炭危機は継続した。…

【三池炭田】より

…三池炭は主として三井家で築造した三池港(1908完成)より海送された。三池炭鉱をめぐるおもな社会問題として,1918年万田鉱米騒動,24年三池全山争議,60年三池争議,63年三川鉱炭塵爆発(死者458人),84年有明鉱坑内火災(死者83人),1960年ころからの有明海ノリ被害がある。【荻野 喜弘】。…

【三井鉱山[株]】より

…第2次大戦後は財閥解体により,金属部門を分離,神岡鉱業(株)(現,三井金属工業(株))を設立,石炭に経営を絞った。エネルギー革命の進行と労使関係の不安定性のなかで,59年人員削減をはじめとする企業再建策を打ち出したが,これがいわゆる三池争議を引き起こした。その後,政府の石炭政策に対応して,63年に美唄鉱業所の閉山,山野鉱業所を山野鉱業(株)として独立させ,64年には田川鉱業所の閉鎖とその一部を田川鉱業(株)として分離独立させた。…

【労働運動】より

…春闘は,57年,拠点単産と目された国労において,春闘処分に抗する国鉄新潟闘争を通じて第2組合の発生をみるという苦い経験や,59年この年はじめて春闘に参加した鉄鋼労連が数次に及ぶ波状ストにもかかわらず八幡労組の脱落によって〈一発回答〉に屈するという苦闘を重ねなければならなかった。また,企業別組合の足腰を鍛える運動として期待された職場闘争も,いくつかの単産で春闘にはずみをつけるための前段闘争として活用されたとはいえ,60年,安保闘争とともに闘われた人員整理に抗する三池争議において,職場闘争のとりでと目されてきた三井三池労組が孤立のうちに敗北を遂げたことによって暗礁に乗り上げた。
[第3期(1961‐74)]
 (1)三池争議における三井三池労組の敗北は,職場闘争をベースにすえた組合づくりの影響力を急低下させ,労働運動の転換をひき起こしていくこととなった。…

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