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中村不折 なかむら ふせつ

美術人名辞典の解説

中村不折

洋画家・書家。東京生。名は鈼太郎。狩野派を学び一家を成す。また小山正太郎浅井忠に洋画を学び、渡仏してジャン=ポール=ローランス師事する。帰朝後は太平洋画会の代表作家として文展で活躍。書は六朝風を得意とする。帝国芸術院会員。昭和18年(1943)歿、78才。

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デジタル大辞泉の解説

なかむら‐ふせつ【中村不折】

[1866~1943]洋画家・書家。江戸の生まれ。本名、鈼太郎(さくたろう)。フランスに留学したのち、太平洋画会に参加。歴史画を多く描いた。また、東京根岸に書道博物館を設立。

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百科事典マイペディアの解説

中村不折【なかむらふせつ】

洋画家。信濃高遠の出身。本名【さく】太郎。南画家真壁雲卿に学んだのち,十一会(のちの不同舎)で小山正太郎浅井忠に師事し,1901年渡仏,コラン,J.P.ローランスに学んだ。
→関連項目石井柏亭井上長三郎川口軌外中村彝根岸ローランス

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中村不折 なかむら-ふせつ

1866-1943 明治-昭和時代前期の洋画家,書家。
慶応2年7月10日生まれ。不同舎で小山正太郎(しょうたろう)や浅井忠(ちゅう)に,フランスでローランスにまなぶ。帰国後,太平洋画会会員として活躍。太平洋美術学校長となった。帝国美術院会員。書にもすぐれ,自宅に書道博物館をつくる。昭和18年6月6日死去。78歳。江戸出身。本名は鈼太郎(さくたろう)。別号に環山,孔固亭。作品に「建国剏業」「羅漢図」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

なかむらふせつ【中村不折】

1866‐1943(慶応2‐昭和18)
洋画家。東京に生まれる。本名鈼太郎(さくたろう)。青少年期を長野で過ごし,1887年上京。小山正太郎,浅井らが主宰した十一字会研究所で洋画を学ぶ。明治美術会に出品したり,浅井忠の推薦で陸羯南の〈日本新聞社〉で挿絵を手がけるが,1901年から05年までフランスへ留学。はじめR.コランに,その後J.P.ローランスに師事して歴史画の伝統的な手法を修得。また留学中にロダンと接触をもった最も早い時期の日本人のひとりでもある。

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大辞林 第三版の解説

なかむらふせつ【中村不折】

1866~1943) 洋画家・書家。江戸生まれ。本名、鈼太郎。フランスに留学し、ジャン=ポール=ローランスに師事。帰国後は太平洋画会の代表作家として活躍。代表作「春の渡し」など。また、六朝書道もよくし、書道博物館を創設。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中村不折
なかむらふせつ

[生]慶応2(1866).7.10. 江戸
[没]1943.6.6. 東京
洋画家,書家。本名はさく太郎,号は環山。初め南画を学び,1887年小山正太郎,浅井忠に洋画を学んだ。 94年日本新聞社に入社し新聞挿絵を担当。 1901年渡仏,アカデミー・ジュリアンに学び J.P.ローランスに師事して官学派の画風を習得。 05年帰朝後は太平洋画会会員となる。文展審査員,19年帝国美術院会員,34年太平洋美術学校校長,39年帝国芸術院会員を歴任。重厚な画風の歴史画にすぐれ,また日本画も巧みで北画風の水墨画を得意とした。書の造詣も深く六朝風を学び,能書家としても著名。また東京根岸の自宅の邸内に書道博物館を創設して,書に関する文献,参考品1万点余を展示。主要作品『建国そう業 (そうぎょう) 』 (1907,焼失) ,『賺蘭亭図 (らんていをあざむくのず) 』 (20,東京国立近代美術館) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中村不折
なかむらふせつ
(1866―1943)

洋画家、書家。慶応(けいおう)2年7月10日江戸に生まれる。本名太郎(さくたろう)。幼時に父の郷里長野県に移るが絵をよくし、南画と洋画の初歩を学ぶ。1887年(明治20)上京して十一会研究所(のち不同舎)で小山正太郎(こやましょうたろう)に師事する。1900年パリ万国博覧会に出品して受賞、翌年渡仏してコラン、ついでローランスに学び、05年帰国して太平洋画会会員となる。07年東京府勧業博覧会ならびに第1回文展の審査員。19年(大正8)帝国美術院会員、34年(昭和9)太平洋美術学校校長となる。書でも知られ、その収集品をもとに36年、東京根岸(ねぎし)に書道博物館を開設した。昭和18年6月6日没。歴史画を得意とし、代表作に『賺蘭亭図(らんていをあざむくのず)』『盧生(ろせい)の夢(邯鄲(かんたん))』などがある。[小倉忠夫]
『中村不折著『学書三訣』(1970・西東書房)』

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