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中村修二 なかむら しゅうじ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中村修二 なかむら-しゅうじ

1954- 昭和後期-平成時代の電子工学者。
昭和29年5月22日生まれ。昭和54年日亜化学工業にはいる。平成5年大型カラーディスプレーにはかかせない青色発光ダイオード(LED)の実用化に世界ではじめて成功。11年には次世代DVD(デジタル多用途ディスク)の記録用光源となる紫色半導体レーザー(LD)を開発した。12年カリフォルニア大サンタバーバラ校教授。18年愛媛大客員教授。26年赤崎勇,天野浩とともにノーベル物理学賞を受賞。同年文化功労者,文化勲章。愛媛県出身。徳島大卒。

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デジタル大辞泉の解説

なかむら‐しゅうじ〔‐シウジ〕【中村修二】

[1954~ ]科学技術者。愛媛の生まれ。平成5年(1993)、世界で初めて青色発光ダイオードの実用化に成功。平成26年(2014)、赤崎勇天野浩とともにノーベル物理学賞受賞。同年、文化勲章受章。

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百科事典マイペディアの解説

中村修二【なかむらしゅうじ】

応用物理学者。米国籍。工学博士。カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校教授。愛媛県西宇和郡伊方町出身。大洲市立大洲北中学校・愛媛県立大洲高等学校を経て,1977年徳島大学工学部電子工学科卒業。

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知恵蔵miniの解説

中村修二

電子工学者。1954年5月22日、愛媛県四ツ浜村(現伊方町)生まれ。79年、徳島大大学院修士課程を修了し、蛍光製品製造業「日亜化学工業株式会社」に入社。88年に窒化ガリウムの結晶を大量生産する独自の製法を編み出し、93年、窒化ガリウム結晶を用い、高輝度青色LEDを世界で初めて実用化・製品化することに成功した。94年、徳島大学大学院博士号を取得。97年には、大容量ブルーレイディスクに用いられる紫色半導体レーザー(LD)を開発するなど、光学分野の第一人者として活躍。98年「ジャック・A・モートン賞」を受賞。99年、日亜化学工業を退社し、2000年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授となる(後に米国籍を取得)。01年には、特許権をめぐり日亜化学工業に対する訴訟を提起し、大きな関心を集めた。02年には、米国のノーベル賞といわれる「ベンジャミン・フランクリン・メダル」を受賞し、06年、愛媛大学客員教授に就任。14年10月7日、スウェーデン王立科学アカデミーは同氏と赤崎勇・天野浩の3名にノーベル物理学賞を与えることを発表した。

(2014-10-9)

出典|(株)朝日新聞出版発行
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中村修二
なかむらしゅうじ
(1954― )

応用物理学者。愛媛県西宇和(にしうわ)郡伊方(いかた)町出身。アメリカ国籍。1977年(昭和52)徳島大学工学部電子工学科卒業。1979年同大学院修士号取得、日亜化学工業株式会社(徳島県阿南(あなん)市)に入社。1988年青色発光ダイオードの研究のためにアメリカのフロリダ大学に留学。帰国後、窒化物系材料を使用した青色発光ダイオードの研究開発に取り組み、当時の名古屋大学教授赤(あかさきいさむ)、同大学学生天野浩(あまのひろし)らが結晶化に成功した技法を発展させて、1993年(平成5)高輝度青色発光ダイオード(青色LED)の世界初の実用製品化に成功した。1994年徳島大学大学院博士号を取得。その後も、1995年青色半導体レーザーの室温発光に成功、1997年青色半導体レーザーを開発し大容量のブルーレイディスクの読取りや記憶への道を開いた。1999年日亜化学工業を退社し、2000年(平成12)にカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校工学部教授に就任した。2000年代中ごろにアメリカの市民権を取得。2014年「明るく省エネルギーな白色光源を可能にした効率的な青色発光ダイオードの発明」の業績により、名城大学終身教授および名古屋大学特別教授・名誉教授である赤勇、名古屋大学教授天野浩とともにノーベル物理学賞を受賞。同年、文化功労者、文化勲章を受章した。[馬場錬成]
『西沢潤一・中村修二著『赤の発見 青の発見――高輝度LEDで光の三原色をつくった天才たち』(2014・白日社) ▽日経BP社特別編集班編『中村修二劇場』(2014・日経BP社) ▽畠山憲司著『中村修二の反乱』(角川文庫) ▽杉田望著『中村修二ノーベル物理学賞受賞までの闘い――日本を捨てた男が日本を変える』(文芸社文庫)』

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