九一色郷(読み)くいしきごう

日本歴史地名大系 「九一色郷」の解説

九一色郷
くいしきごう

戦国期に富士山の北西麓および御坂みさか山地西部のあし川渓谷一帯をさした郷名。現在の三珠みたま町域の高萩たかはぎ三帳さんちよう上九一色村域のかけはし古関ふるせき精進しようじ本栖もとす芦川あしがわ村域の鶯宿おうしゆく足和田あしわだ村域の西湖にしのうみ三珠町芦川村域の芦川の九ヵ郷の総称。当郷は甲州と駿州を結ぶ街道(のちの中道往還)要衝に位置し、当郷に居住していた地侍の集団を九一色衆と称した。郷名は当地域が山間の痩地に立地し、気候条件も悪く穀物生産では生計を維持できず、そのため材木伐採とその加工を行う木地師が住したことからの「工一色」が転訛したものとする説や、年貢一色(一種類)を納入する九ヵ郷によって構成されたことからとの説がある(上九一色村誌)。九一色衆は土豪や有力百姓層によって構成されていた衆で、おおよそ三つの派の連合体として成立っていた。中心は本栖に居館を構える渡辺囚獄佑を頭にした衆で、他は西さい湖周辺に拠点を置き、小林九郎右衛門尉らを中心とする西湖衆、高萩郷の内藤備前守を中心に芦川沿いの諸郷の人々によって構成された衆である。西湖衆は独立性が強かったといわれる。

命禄元年(天文九年、一五四〇)七月一〇日の武田信虎印判状(西湖区有文書)に「西之海之内、ふつせきの役所免許候」とみえ、古関ふるせき役所(古関の関)における自由通行の特権を認められている。

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百科事典マイペディア 「九一色郷」の意味・わかりやすい解説

九一色郷【くいしきごう】

戦国期から近世にかけての甲斐国の郷名。富士山北西麓および御坂(みさか)山地西部の芦(あし)川渓谷一帯をさす。戦国期には西八代郡三珠(みたま)町(現・市川三郷町)の高萩・三帳,上九一色(かみくいしき)村(現・甲府市,富士河口湖町)の梯(かけはし)・古関・精進(しょうじ)・本栖,東八代郡芦川村の鶯宿(おうしゅく),南都留(みなみつる)郡富士河口湖町の西湖(にしのうみ),三珠町(現・市川三郷町)・芦川村域の芦川の九ヵ郷の総称。《甲斐国志》によれば,近世には三珠町(現・市川三郷町)の畑熊・中山・垈(ぬた),西八代郡下部町(現・身延町)の折門(おりかど)・八坂を加えた14ヵ村が九一色郷となっている。郷名は木地師が住したことからの工一色が転訛したとする説や,年貢一色を納入する九ヵ郷により構成されたことによるとする説などがある。甲州と駿州とを結ぶ街道の要衝に位置し,当郷に居住する地侍の集団九一色衆は,戦国大名武田氏のもとで,国境警備や材木輸送などの奉公を勤める見返りとして,諸役免除や自由通行の特権を与えられていた。1582年の武田氏滅亡後は徳川家康に与(くみ)してその甲斐入国を助けたとして,同年家康からも諸役免除の特権を安堵された。これをよりどころとして,近世を通じ九一色郷の商人は,近隣諸国で魚類・塩や煙草・茶など甲斐・駿河産物を広く商った。

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改訂新版 世界大百科事典 「九一色郷」の意味・わかりやすい解説

九一色郷 (くいしきごう)

甲斐にあった郷名。元来は本栖,精進,古関,梯(山梨県甲府市の南部),高萩,三帳(西八代郡市川三郷町),芦川,鶯宿(笛吹市),西湖(南都留郡富士河口湖町)よりなっていたが,江戸時代に高萩村から分村した中山,垈,畑熊(市川三郷町),折門,八坂(南巨摩郡身延町)を加えた14村を総称した。富士山麓の山間に位置し,九一色は工一色の意で木地師の開いた村ともいわれる。甲駿間を最短距離で結ぶ中道が走っており,木工品の販売のため郷民は古くから商業に携わっていた。武田氏は国境警備や材木奉公等のために,この地の名主層である九一色衆を重用し,保護のために諸商売免許の特権を与えた。九一色衆は1582年(天正10)徳川家康の入甲に功あり,徳川家康からも郷民の特権が承認され,以後郷民は近世を通し九一色郷特権商人として,西郡のタバコ,駿河の茶や魚類,塩等を扱い,近隣の国々まで広く商売を行った。
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世界大百科事典(旧版)内の九一色郷の言及

【馬子】より

…東海道や中山道などの主要街道で旅人用の乗用馬をひくものから,脇街道でもっぱら物資輸送に従うものまで,その形態は多様である。会津西街道の中付駑者(なかつけどちや),信州伊那地方の中馬(ちゆうま),甲斐九一色郷(くいつしきごう)の馬稼ぎなどは後者の代表例であった。乗用馬は馬子1人が1頭をひいたが,物資輸送の場合は一度に数頭を追った。…

【三珠[町]】より

…甲府盆地南縁に位置し,笛吹川下流南岸を占める。戦国時代には九一色(くいしき)郷と呼ばれ,甲斐と駿河を結ぶ近道にあって武田氏に重視された。北部の低地は水田に,中部の曾根丘陵,芦川扇状地は桑園と果樹園に,南部の御坂山地北斜面は山林に主として利用されている。…

※「九一色郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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