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井上播磨掾 いのうえはりまのじょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

井上播磨掾
いのうえはりまのじょう

[生]?
[没]貞享2(1685)?
江戸時代前期の大坂古浄瑠璃演奏家。前名市郎兵衛,大和少掾。播磨風と呼ばれる語り口義太夫の源流となった。語り物金平 (きんぴら) 系の武勇物に,憂いの場や節事の場を交えて情趣を添えた。代表曲『頼光跡目論』。節事集に『忍四季揃 (しのびしきぞろえ) 』がある。

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デジタル大辞泉の解説

いのうえ‐はりまのじょう〔ゐのうへ‐〕【井上播磨掾】

[?~1674?]江戸初期の古浄瑠璃の太夫。京都の人。通称、市郎兵衛。後年、大坂で操り芝居を興行。豪快な曲を得意とし、愁嘆場にもすぐれ、その語り口は義太夫節に影響を与えた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井上播磨掾 いのうえ-はりまのじょう

1632-1685 江戸時代前期の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
寛永9年生まれ。もと京都の御簾(みす)職人。江戸万歳の節をとりいれて一流をひらき,播磨節を確立。明暦4年受領(ずりょう)して大和少掾藤原貞則,寛文10年再受領して播磨少掾藤原要栄(あきひさ)を名のる。大坂浄瑠璃中興の祖といわれた。初代竹本義太夫孫弟子貞享(じょうきょう)2年5月19日死去。54歳。生没年には異説もある。初名井上市郎兵衛。

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朝日日本歴史人物事典の解説

井上播磨掾

没年:貞享2.5.19?(1685.6.20)
生年:生年不詳
江戸前期の古浄瑠璃の太夫。通称および前名は市郎兵衛。もと京の住人で内裏の御簾作りという。音声たくましく一流を編み出し,大坂に出て活躍。万治1(1568)年に大和少掾藤原貞則を受領し,叡覧の栄にも浴す。一時,藤原勝則とも名乗るが,寛文10(1670)年ごろに播磨掾を受領し,正本「日本王代記」(1674)には播磨少掾藤原要栄と銘打っている。演目は百余曲といわれ,現存の在銘在紋の正本は20種に上る。金平物を多く語り得意とし,道行,景事にも長じ哀傷と修羅を兼ね備えた,硬軟自在の播磨節を確立し,大坂浄瑠璃中興の祖と仰がれた。後年京入りし「頼光跡目論」を語り好評を博した。54歳で京で没し,長明寺(現頂妙寺)に葬るというが,過去帳も後筆で墓もない。没年には延宝5(1677)年4月以降,同8年以前の異説がある。宇治加賀掾がやわらかな播磨風の語り口を表とし,竹本義太夫も播磨風に心魂を奪われ太夫となるなど,播磨掾の影響は大きい。<参考文献>横山重『古浄瑠璃集・播磨掾正本』(古典文庫),同『古浄瑠璃正本集(3)』解題,西沢一風『今昔操年代記』・一楽散人『竹豊故事』(『日本庶民文化史料集成』7巻)

(安田富貴子)

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世界大百科事典 第2版の解説

いのうえはりまのじょう【井上播磨掾】

1632‐85(寛永9‐貞享2)
近世前期の浄瑠璃太夫。生没年には異説もある。大坂で活躍し,1658年(万治1)に大和掾を受領,70年(寛文10)には播磨掾となる。江戸の金平(きんぴら)系(金平浄瑠璃)の芸風を受け継ぐが,道行(みちゆき),景事(けいごと)にも巧みで,修羅の勇壮と愁嘆の哀傷とを兼ね備えた播磨節を確立し,人形浄瑠璃の演劇的・音楽的発展に大きく貢献した。〈大坂浄瑠璃中興の祖〉と仰がれ,演目は100余曲に及んだという。宇治加賀掾にも影響を与え,孫弟子には竹本義太夫がいる。

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大辞林 第三版の解説

いのうえはりまのじょう【井上播磨掾】

1632~1685?) 江戸前期の浄瑠璃の太夫。京都の人。虎屋源太夫に学び、播磨節を開き、上方浄瑠璃を中興。 〔一説に1677年没〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

井上播磨掾
いのうえはりまのじょう

生年不詳。没年は1674年、77年、85年の3説がある。江戸前期の古浄瑠璃(こじょうるり)の太夫(たゆう)。主として大坂で活躍し、京都で没したという。前名井上市郎兵衛。1658年(万治1)大和少掾(やまとのしょうじょう)藤原貞則(さだのり)を受領(ずりょう)、70年(寛文10)播磨少掾藤原要栄(あきひさ)を再受領(世間では播磨掾とよんだ)。虎屋(とらや)源太夫に学び、江戸万歳の曲節を取り入れて一流を開き、愁嘆と戦闘の場を得意とした。浄瑠璃界初の節付け稽古本(けいこぼん)として『忍四季揃(しのびしきぞろえ)』を残している。竹本義太夫(ぎだゆう)はその孫弟子にあたり、『古播磨風筑後丸(こはりまふうちくごまる)』で播磨掾の遺風をしのぶほか、義太夫節の随所にその語り口を取り入れた。[倉田喜弘]

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世界大百科事典内の井上播磨掾の言及

【浄瑠璃】より

…その中で注目されるものに金平(きんぴら)節(金平浄瑠璃),外記節土佐節がある。金平節は大坂の伊藤出羽掾,井上播磨掾にも影響した。土佐節は複雑な曲調で〈江戸〉として義太夫節にも採られ,近松にも影響したらしい。…

【文弥節】より

…初世岡本文弥は大坂道頓堀の伊藤出羽掾座で語り出して人気を集め,2世(生没年不詳)がそのあとを受け継いだらしいが,盛期は長くなかった。文弥節は高音の旋律型を特色としたらしく,井上播磨掾も用いた〈なきぶし〉を発展させて哀愁味を強くあらわし,俗に〈文弥の泣き節〉といわれる。それをさらに応用したのが初世の高弟岡本阿波太夫で〈愁ひ節〉として知られた。…

【紅葉狩】より

…六段。井上播磨掾正本,1658年(万治1)刊。能の《紅葉狩》や《今昔物語集》などを原拠としており,近松門左衛門の《栬狩剣本地(もみじがりつるぎのほんじ)》などに影響を与えた。…

※「井上播磨掾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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