金平浄瑠璃(読み)きんぴらじょうるり

デジタル大辞泉の解説

きんぴら‐じょうるり〔‐ジヤウルリ〕【金平浄瑠璃】

古浄瑠璃流派の一。薩摩浄雲の弟子江戸和泉太夫(のちの桜井丹波少掾(さくらいたんばのしょうじょう))が創始。多くは金平の武勇談が主題で、荒々しい人形の演出が元禄以前の江戸で盛行江戸歌舞伎荒事芸にも影響を与えた。金平節

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百科事典マイペディアの解説

金平浄瑠璃【きんぴらじょうるり】

古浄瑠璃の流派名。金平節ともいう。明暦のころ桜井丹波少掾が語り始めたもので,語り物の内容が坂田金時の子金平の武勇伝であったためにこの名称が生まれた。その豪快な語り方が好まれ,約40年間江戸の浄瑠璃界を風靡(ふうび)した。
→関連項目金太郎

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世界大百科事典 第2版の解説

きんぴらじょうるり【金平浄瑠璃】

公平浄瑠璃とも書き,金(公)平節ともいう。初期の江戸浄瑠璃の一。明暦(1655‐58)のころ,江戸浄瑠璃の開祖薩摩浄雲の門弟,和泉太夫が語り始めたとされる。寛文年間(1661‐73)を中心に江戸で大いに流行し,その子の長太夫をはじめ他の太夫たちもこれを語るようになり,一時は上方まで風靡した。内容は酒呑童子,源頼光伝説をもとに脚色を加えた武勇談で,なかでも坂田金時の子に金(公)平という豪傑を仮想し活躍させた。

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世界大百科事典内の金平浄瑠璃の言及

【古浄瑠璃】より

…明暦~寛文(1655‐73)には題材が一変し,坂田金時の子の金平(きんぴら)という豪傑が奇想天外な活躍をする武勇物が語られるようになり,全国的に流行した。この種の浄瑠璃を金平浄瑠璃と称し,江戸の和泉太夫,京都の上総少掾(かずさしようじよう)などが語った。他に,大坂では明暦の初めころ,井上播磨掾が出て評判を得,延宝・天和期(1673‐84)には京都では宇治加賀掾が優美な語り口で王朝趣味の作品を上演し,山本土佐掾は哀調のある節を語った。…

【浄瑠璃】より

…浄雲には《はなや》などあり,その勇壮な硬派の流派(薩摩節)は2世薩摩その他に受け継がれ,明暦(1655‐58)から寛文(1661‐73)ころ以後,それぞれが流派を立てて活躍した。その中で注目されるものに金平(きんぴら)節(金平浄瑠璃),外記節土佐節がある。金平節は大坂の伊藤出羽掾,井上播磨掾にも影響した。…

※「金平浄瑠璃」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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