日本歴史地名大系 「伊佐市」の解説
伊佐市
いさいち
[現在地名]美祢市伊佐町伊佐
伊佐の中央、東流する伊佐川流域に位置し、近世、美祢郡内では
慶長一五年(一六一〇)の検地帳は、伊佐郷の中に市屋敷として二五軒を載せるから、この頃すでに市が開かれていたと思われる。寛永三年(一六二六)の熊野帳では家数が一八軒と減少するが、天保末年の「注進案」には、「市中北ノ方を横町と唱へ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
伊佐の中央、東流する伊佐川流域に位置し、近世、美祢郡内では
慶長一五年(一六一〇)の検地帳は、伊佐郷の中に市屋敷として二五軒を載せるから、この頃すでに市が開かれていたと思われる。寛永三年(一六二六)の熊野帳では家数が一八軒と減少するが、天保末年の「注進案」には、「市中北ノ方を横町と唱へ
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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