改訂新版 世界大百科事典 「ネギ」の意味・わかりやすい解説
ネギ (葱)
Welsh onion
Allium fistulosum L.
ユリ科の多年草。別名をネブカ,ヒトモジなどともいう。普通1~8本に分げつして族生する。鱗茎はつくらず,葉は短縮して茎に互生し,葉鞘(ようしよう)部と葉身部とからなっている。葉鞘部は鞘(さや)状で,相互に密に重なり合って茎状の構造(偽茎)となる。葉身部は長さ30~70cmに達し,表裏のない円筒状で先はとがり,生育するにつれて内部の組織が崩壊して中空となり,途中から折れ曲がる。蠟粉を帯び青緑色を呈する。根は白色,ひも状で太い。春になり花茎が伸び球状の花房をつけるが,俗に〈ネギ坊主〉という。原産は不明であるが,中国の西部であろうとされている。栽培は2000年以前から始められ,中国では漢民族が原始時代より栽培していたといわれている。西欧では16世紀の文献記載が最初と考えられ,アメリカには19世紀になってから紹介されている。耐寒性が強く,酷寒の中国東北部やシベリア地方でも越冬する。また,暑さや乾燥にも強いので,熱帯でも栽培される。日本では重要野菜として北海道から九州まで周年にわたり栽培されている。
日本のネギの品種は冬季の休眠性により分類される。冬季に葉が枯れて休眠する加賀系の夏ネギ型,冬季にも休眠せずに生育を続ける九条系の冬ネギ型,さらにやや地上部が枯死はするが,完全には休眠しない中間型の千住系などがある。また,土寄せによって行う軟白には寒冷な気候が適するため,葉鞘部を長く白く仕上げる根深ネギは関東,東北,北陸,北海道などで多く生産される。関西では軟白をあまり重要視しないので,冬眠性がなく,葉身部が発達し緑色の強い葉ネギ(九条系)が栽培されている。ネギには地方的に特徴のある品種が多いが,代表的なものをあげると次のようなものがある。(1)ヤグラネギ(楼葱) 花房がつかないので種はできないが,花茎の先端に子球を生じるので,これを分離して苗として繁殖する。そのようすがやぐらを組んだような形をしているところから,この名があり,ネギの1変種として別扱いされることもある。北陸から東北地方で葉ネギとして栽培される。(2)下仁田(しもにた) 群馬県の原産で,草丈は低く,分げつはしない。葉は濃緑色で太く,葉鞘部は短く太いが,根深ネギとして品質がよい。(3)岩槻(いわつき) 埼玉県の原産で,草丈はやや短く,よく分げつする。葉鞘部は短く,葉身はやや細く濃緑色である。軟らかくて品質がよく,葉ネギとして利用される。(4)千住 関東地方の代表的な根深ネギで,分げつ性は少ない。草丈は高く,葉色は濃緑色から淡黄緑色などがある。葉鞘部がとくに長くなる。黒柄(くろがら),合柄(あいがら),赤柄などの系統がある。(5)九条 京都の原産で葉ネギの代表的な品種。関西から九州にかけて多く作られる。(6)越津(こしづ) 愛知県の原産で,葉ネギとして利用され,品質もよい。栽培は春まきと秋まきとがあり,周年栽培して利用される。特有なにおいと辛みをもち,古来強壮剤と考えられてきた。ビタミンA,B,Cの含量も多く,日本料理には欠かせない重要野菜で,すき焼,なべ物,薬味などに使われる。
執筆者:平岡 達也
料理
日本では古く〈き〉といった。ネギは根を食べる〈き〉の意という。《日本書紀》仁賢紀に名が見え,《延喜式》には宮廷用のネギの栽培規定が出ている。みそ汁の実やなべ物の具のほか,刻んでそば,うどんや納豆の薬味にする。ネギそのものを味わうものとしては,刻んでみそと合わせるネギみそ,適宜の長さに切り,みりん,しょうゆ同量ほどを合わせたつけ汁をつけて焼く焼きネギなどが酒のさかなとされ,マグロのぶつ切りとともに煮ながら食べる〈ねぎまなべ〉は手軽で美味ななべ料理である。ネギは油脂や肉類とよく合うので,中国料理でもいため物その他に多用される。西洋料理ではポロネギ,西洋ネギとも呼ばれるポアロー(リーキ)が使われる。これは日本のものに比べてずんぐりと太く,葉が扁平で甘みが強い。ゆでたり,いためて付合せにしたり,グラタン,クリーム煮,ブイヤベースなどに用いる。
執筆者:橋本 寿子
薬用
ネギは《医心方》の五菜部に収載されている。そこには《漢書》芸文志に書名のある《神農黄帝食禁七巻経》の説も抄録されているので,中国では漢代あるいはそれ以前に食用や薬用のために栽培されていたものと思われる。ネギを用いた処方も多くの文献から集められており,生えたばかりの芽を葱針(ぎしん),秋植えの冬葱(とうき)の実を葱実(きじつ)といって薬用にしたほか,青い葉(葱青(ぎせい)),根(葱白(ぎはく)),茎,黄色い芯などに分類し,それぞれの薬効によって使い分けていた。例えば,高熱や骨節の疼痛,顔のむくみには葉を煎じて内服し,金属による創傷や虫蛇の咬傷には煎汁で洗浄したり罨法(あんぽう)をし,足の浮腫には葉と茎を煮て擦りつぶしたものを塗布した。卒倒で仮死状態になった場合は,ネギの黄色い芯を耳口に挿しこみ,血が出れば治るといい,似たような処方が《千金方》《竜門方》《葛氏方》などの医書から引用されている。また〈鑑真の秘方〉中には,葱白を刻み,酢といっしょに煎じて頓服する処方がある。ネギは仏家の五辛中に慈葱(ねぎ)とあり,芳気法の薬を服用する場合には,仏門の人でなくても口にしたり外用することを禁じられていた。宮中の女房言葉ではネギを〈ひともじ〉といい,これに対してニラを〈ふたもじ〉と呼んだことが《大上﨟御名之事》に記されている。
執筆者:槇 佐知子
ネギ属Allium
ネギ属(英名garlic)は北半球を中心に約500種が知られている。属としてはよくまとまった群で,すべて植物体にニンニク様のにおいを有し,花は多数が散形花序をつくり,その花被片は1脈を有した小型で離生し,また花序を包む膜状の苞を有しているなどの特徴がある。地下茎はしばしばタマネギのように肥大した鱗茎を形成するが,これは葉の基部が肥大したものである。葉は,多くはネギのように中空の円柱状であるが,ギョウジャニンニクのような扁平な葉を有するものもある。花茎は円柱形,通常中空で,頂端に多数の花を集めた花序を1個だけつける。この花序の形態からネギ属をヒガンバナ科に所属させる考えもあるが,通常はユリ科の特異な一群とされている。ネギ属のニンニク様のにおいは,多分,動物の食害を防ぐ役割をしているのであろうが,有毒ではない。また葉や鱗茎が軟らかく食べやすいため重要な野菜になったものに,ネギ,リーキ,タマネギ,ニンニク,ニラ,ラッキョウ,ワケギ,シャロットなどがあるし,野生種でもノビル,アサツキ,ギョウジャニンニクなど,食用にされている種は多い。また多数の小花の密集して咲くネギ坊主の,特異な形を観賞するため栽培されるもの(アリウム)もある。野生種の多くは,中央アジアから小アジアの乾燥地帯を中心に分布しているが,北アフリカやヨーロッパから東アジアにわたって分布し,また新大陸では北アメリカ西部の山岳地域に分布の中心がある。
日本の野生種のおもなものには次のようなものがある。(1)ギョウジャニンニクA.victorialis L.var.platyphyllum Hultén 主としてブナ林域の林床に生える春緑型の多年草で,葉は扁平で長楕円形,初夏に帯黄緑の白色花を開き,葉は枯死する。本州近畿地方以北からシベリア東部や朝鮮まで広く分布し,若芽や根茎は食用として美味である。(2)ノビルA.grayi Regel 日本全域から中国大陸までの田のあぜなど人里近くに普通に見られる冬緑型の多年草。地下で分球する小鱗茎や春に出る花序の花が変化した〈むかご〉によって栄養繁殖を行う。春の食用野草として最も知られたものの一つである。(3)ヤマラッキョウA.thunbergii G.Don 山野の草原地,路傍に見られ,秋に紫紅色の花をつける夏緑型の多年草。本州東北地方南部から中国大陸,台湾,朝鮮半島に分布する。(4)その他 ヒメニラA.monanthum Maxim.,アサツキや分布域の限られたカンカケイニラA.togashii Hara,イトラッキョウA.virgunculae F.Maek.et Kitam.などの種を産す。
執筆者:堀田 満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報