佐々木高行(読み)ささきたかゆき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

佐々木高行
ささきたかゆき

[生]文政13(1830).11.12. 土佐瀬戸
[没]1910.3.2. 東京
幕末,明治の政治家。土佐藩士。通称は三四郎。藩の尊攘派上層武士として勤王党とは一線を画しつつ幕末の政局に奔走。慶応3 (1867) 年,後藤象二郎らと藩主に説いて大政奉還幕府に勧告させた。明治政府に登用されて参与,刑法副知事,刑部大輔と司法畑の重職を歴任。明治3 (70) 年参議,翌年司法大輔となり,岩倉遣外使節随行してヨーロッパ諸国の司法制度を調査。征韓派の板垣退助ら土佐派が下野した際もこれに同調せず,西南戦争の際には土佐の立志社に起った反乱陰謀を弾圧した。天皇の侍補をつとめ,のち,1881年参議兼工部卿。 88年には枢密顧問官となった。侯爵を授けられた。晩年,明宮 (のちの大正天皇) の御教養向主となった。津田茂著『明治聖上と臣高行』 (1928) がある。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ささき‐たかゆき【佐々木高行】

政治家。侯爵。土佐藩(高知県)出身。初名は高富(たかあつ)・高春。通称三四郎。早くから勤王の志を抱き、土佐倒幕運動の一中心となる。明治三年(一八七〇)参議となり、のち司法大輔、工部卿、枢密顧問官などを歴任。日記「保古飛呂比(ほごひろい)」は幕末・維新期の第一級資料として知られる。天保元~明治四三年(一八三〇‐一九一〇

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世界大百科事典 第2版の解説

ささきたかゆき【佐々木高行】

1830‐1910(天保1‐明治43)
明治時代の官僚政治家。初名は高富,高春,通称は三四郎。土佐士の家に生まれ,国学を学び,剣術を修めて江戸に遊学,早くから尊王攘夷論に共鳴した。1866年(慶応2)藩命を帯びて筑前太宰府に出張して情勢視察,翌年は大目付として長崎に出張,坂本竜馬と提携して国事を周旋,戊辰戦争がおこると長崎奉行所を支配し,68年(明治1)には長崎府判事となった。70年参議,71年には司法大輔となり岩倉使節団に随行して欧米の司法制度を視察して帰国,征韓論争,西南戦争にも政府内にとどまり,78年の大久保利通死後は元田永孚らとともに天皇親政運動を推進,明治14年の政変(1881)後,参議兼工部卿となり,88年枢密顧問官,また皇太子の御養育之任を務めるなど,宮廷に近侍した。

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