小説家。神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、薬品会社のサラリーマンをはじめいくつかの会社勤務を経て、1968年(昭和43)ごろフリーライターに転身。週刊誌連載の合間にゴーストライターなども経験するが、10年ほどで辞めてさまざまな商売を始める。小説を書き始めたきっかけは、自分の名前が表紙に載るような本を1冊書いてみたいという気持ちからだったが、そのデビュー作『大君の通貨――幕末「円ドル」戦争』(1984)が新田次郎文学賞を受賞する。これは幕末から開国にかけて、否応なしに世界経済の荒波にのみ込まれていった日本の混迷と、初めて体験する為替レートの複雑さに苦慮する官吏たちの姿を中心に、幕府崩壊の要因を経済的側面から描いた画期的作品であった。それまでにも経済をテーマにして、藩政建て直しを描いた歴史小説はあったが、それに国際関係論的な視点から迫ったのは佐藤の作品が初めてだった。その後も『薩摩藩経済官僚――回天資金を作った幕末テクノクラート』(1986)、『幕末住友役員会――生き残りに賭けた二人の企業戦略』(のち、文庫化時に『幕末「住友」参謀――広瀬宰平の経営戦略』と改題)(1987)、『主殿(とのも)の税――田沼意次(おきつぐ)の経済改革』(1988)といった力作を相次いで発表し、歴史経済小説という新しいジャンルを確立する。
ところが、ここから佐藤は作風を一転、本格的な時代小説に方向を転換し『恵比寿(えびす)屋喜兵衛手控え』(1993)で第110回直木賞を受賞して、「二度目のデビュー」を飾る。二度目という意味は、直木賞受賞時のことばで次のような心境を吐露していたからだ。
「10年前、歴史経済に題材をとった『大君の通貨』で『新田次郎文学賞』をいただいた。自分としてはそれで小説作者としてデビューしたつもりでいた。そうではなかった。歴史経済小説というジャンルはお仲間のいないひとり旅で相手にされなかった。お仲間に加えていただくしかない。そう考え直して、時代小説にジャンルを切り替えた」。
この方向転換は大成功を収める。受賞作は、訴訟事の相談所と宿泊所を兼ねた公事宿(くじやど)「恵比寿屋」の主人喜兵衛の生活を通して、江戸時代の民事裁判の実態をリアルに描いた時代小説である。これもまた、それまで誰も扱ったことのないテーマだったが、歴史経済小説時代に培った旺盛な取材力と、徹底した資料の読み込み、市場経済的な視点が支えとなって生まれた作品である。これに先立つ時代小説の第一作目『影帳(かげちょう)――半次捕物控』(1992)や、直木賞受賞以後に書かれた『物書(ものかき)同心居眠り紋蔵』(1994)、『八州廻り桑山十兵衛』(1996)、『縮尻(しくじり)鏡三郎』(1999)などにも同じことがいえる。共通する要素は、主として法の側に身を置く人物を主人公としながらも、法だけでは割り切れない人生の真実を問う姿勢にある。組織や制度といった社会機構と個人との相克。このテーマがもつ今日的意義はきわめて大きい。
[関口苑生]
『『大君の通貨――幕末「円ドル」戦争』『八州廻り桑山十兵衛』『縮尻鏡三郎』(文春文庫)』▽『『薩摩藩経済官僚――回天資金を作った幕末テクノクラート』『幕末「住友」参謀――広瀬宰平の経営戦略』『主殿の税――田沼意次の経済改革』『恵比寿屋喜兵衛手控え』『影帳――半次捕物控』『物書同心居眠り紋蔵』(講談社文庫)』
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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