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保元物語 ほうげんものがたり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

保元物語
ほうげんものがたり

鎌倉時代前期の軍記物語。『保元記』『保元合戦記』ともいう。作者,成立年未詳。3巻。『平治物語』と並称され,同じ作者の手に成るともいわれるが,別に成立した作品と思われる。『平治物語』と同じく異同の大きい種々のテキストがある。保元の乱を扱った物語で,初めは保元のにまつわる逸話を集成したような形態であったものが,琵琶法師などの手によって語り物として抒情性の豊かな一貫した物語に成長したといわれる。なかでも,源為朝の英雄ぶりが印象的で,江戸時代後期の滝沢馬琴の『椿説弓張月 (ちんせつゆみはりづき) 』など後代の文学に影響を与えた。

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デジタル大辞泉の解説

ほうげんものがたり【保元物語】

鎌倉時代の軍記物語。3巻。作者未詳。承久年間(1219~1222)ごろまでに成立か。源為朝の活躍を中心に、保元の乱のいきさつを和漢混交文で描いたもの。

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百科事典マイペディアの解説

保元物語【ほうげんものがたり】

鎌倉前期成立かとされる軍記物語。3巻。作者,成立年代ともに不詳。《平治物語》の姉妹編で,内容的にも親近性があるため作者も同一とされてきたが,異本研究から原型には相互に違いがあるとみられ,むしろ流布の過程で類似性が増したと考えられている。
→関連項目中山世鑑

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうげんものがたり【保元物語】

保元の乱(1156)を素材とする和漢混交文の軍記物語。鎌倉時代前期までに成立か。作者不明。3巻または2巻。《保元記》ともいう。乱は崇徳上皇派と後白河天皇派との皇位継承をめぐる戦いであったが,作中で最も強烈な個性をもって描かれるのは源為朝である。彼は敗北した上皇側に属しながら,一矢で敵2人を射倒したり,鞍もろとも鎧武者を射通して串刺しにするなど,獅子奮迅の働きをする。身の丈7尺(210cm余),生来の弓の名手で左手が右手より4寸長かったとも語られ,合戦場面は彼を中心に展開する。

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大辞林 第三版の解説

ほうげんものがたり【保元物語】

軍記物語。三巻。作者未詳。「平治物語」の作者と同じともいわれる。鎌倉時代に成立、のちさまざまな成長・変貌を遂げた。保元の乱の顚末を和漢混交文により記し、武士たちの活躍を描く。保元合戦物語。保元合戦記。保元記。

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