江戸時代の読本(よみほん)。曲亭馬琴作、葛飾北斎(かつしかほくさい)挿絵。28巻29冊。前編は1807年(文化4)、後編、続編は1808年、拾遺は1810年、残編は1811年に江戸の平林庄五郎(しょうごろう)から刊行。少納言入道信西(しんぜい)との不和で九州へやられた源為朝(ためとも)は、八町礫紀平治(はっちょうつぶてのきへいじ)を家来にし、白縫(しらぬい)姫を妻として九州を平定したが、保元(ほうげん)の乱に敗れて伊豆大島に流される。そこでも為朝は善政を敷いたが、官軍に攻め寄せられ、鬼夜叉(おにやしゃ)を身代り死にさせて、九州を経て琉球(りゅうきゅう)に漂着した。琉球では、尚寧(しょうねい)王の暗愚に乗じて妖術(ようじゅつ)使い濛雲(もううん)が実権を奪い、奸臣(かんしん)利勇と対決していたが、為朝は世継ぎの王女を助けて、孤島に漂着していたわが子舜天丸(しゅんてんまる)や紀平治とともに濛雲を破り、琉球を平定した。舜天丸は王位につくが、為朝は昇天する。
馬琴最初の本格的な史伝小説で、中国清(しん)代の白話(はくわ)小説『五虎平西前伝(ごこへいせいぜんでん)』に史実と虚構のない交ぜの方法などを学び、史上不遇の英雄を歴史の成功者に仕立てて、大衆の判官(ほうがん)びいきの心情に訴えた。雄大な建築的構想と絢爛(けんらん)たる文章とが相まって『南総里見八犬伝』と並ぶ傑作である。
[徳田 武]
『後藤丹治校注『日本古典文学大系60・61 椿説弓張月』(1958、1962・岩波書店)』
読本。曲亭馬琴作,葛飾北斎画。1807年(文化4)前編刊,11年完結。5編29冊から成る長編で,島渡り伝説で名高い鎮西八郎為朝を主人公としたロマン的な英雄小説。保元の乱に敗れ,朝敵の汚名のもとに伊豆大島に流された為朝が,悲劇的な運命を甘受しつつも,妻白縫姫,一子舜天丸(すてまる),郎党鬼夜叉こと紀平治らとともに,伊豆から讃岐へ,讃岐から九州へ,九州から琉球へと漂泊をかさね,苦難に耐えながら正義に生きる物語。白縫姫の犠牲死,舜天丸との生別をはさんだ琉球での為朝の活躍はことに生彩を放つ。尚寧王の治下にあった琉球は,寵妃中婦君,奸臣利勇らによって亡国の寸前にあり,王の後嗣寧王女は生命も危うかった。為朝はわずかに残る毛国鼎らの忠臣を助け,白縫姫の霊と合体した寧王女と夫婦となり,琉球王国の再建に武勇を発揮するが,それも突如出現した妖仙人濛雲(もううん)国師の超絶的な魔力に克つことができない。そこへ神童に変じた舜天丸が現れて,濛雲国師の邪法をくじき,めでたく琉球王国は正義の光のもとに新生し,舜天丸は舜天王(しゆんてんおう)となって即位する。《八丈筆記》《中山伝信録》による離島誌や為朝をめぐる史実等の厳密な考証をもとにし,中国小説《水滸後伝》《狄青演義》など叙事詩的な長編を下敷きにしたこの為朝一代記は,比類ない超人英雄の幻想ロマンとして結実したといってよい。馬琴の代表的傑作の一つである。
執筆者:高田 衛
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江戸後期の読本。前・後・続編各6巻,拾遺・残編各5巻。曲亭馬琴(きょくていばきん)作,葛飾北斎画。1807~11年(文化4~8)刊。椿説は珍説の意で,正史で不遇であった源為朝を活躍させ,史実の間隙をぬい,その不備を補う伝記という意味。馬琴史伝物読本の初作で,代表作。地理風俗については,前半は「参考保元物語」「伊豆海島風土記」「八丈筆記」などに,後半は「中山伝信録(ちゅうさんでんしんろく)」「琉球談」などにより正確を期している。前半の構想は「狄青演義(てきせいえんぎ)」,後半は「水滸後伝」などの中国白話小説によるが,奔放な空想力により独自の文学世界を構築している。「日本古典文学大系」所収。
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