人間の健康と疾病の問題を人間主体と環境の間との相互関係という観点から把握し解明する環境衛生学にもとづき行われる健康の維持と増進のための外部環境の制御の総体をいう。この場合,環境とは,先天的な素因,体質をもち,後天的な年齢,栄養,文化などによって規定される感受性をもった人間をとりまき,その健康状態にいろいろな影響をもたらす物理的,化学的,生物学的,社会経済的な因子の総合をいうが,環境衛生の対象は自然科学的な因子に限られる。
物理学的因子として,気温,湿度,気圧,日照,風などの気象条件,騒音,振動,紫外線,赤外線,放射線などがある。化学的因子としては,大気中に存在している化学物質や浮遊粒子状物質,水中にある微量無機および有機物質,土中の各種成分があり,また人間の生活および活動によってもたらされるごみ,屎尿(しによう),産業廃棄物などがある。生物学的因子としては,動物界からのものとして衛生害虫と称されるカ,ノミ,ダニ,ハエ等の節足動物やネズミなど,また植物界からの影響としては食品,嗜好品,アレルギーを起こす花粉などがある。これらの諸因子は,人間の生活と文明の段階によって,いろいろの形で健康に影響を与える。産業活動の活発化といちじるしい規模の拡大によって自然の循環系の破壊にまで進んで生じてきた環境汚染問題は,人間生存の可能性に脅威を与える段階に達しようとしており,産業廃棄物の衛生的処理も含めて環境衛生の大きな課題となっている。上水道・下水道の整備と適切な維持管理はとくに都市住民の健康と安全には欠くことのできないものであるが,上水の塩素処理によって副生する発癌性のトリハロメタンの低減化の必要性などの新しい衛生問題が注目されてきている。住居衛生についても,日照,安全な建材,小規模集団住宅の貯水槽からの給水の衛生水準確保などの課題が生じている。
環境衛生法規は日本ではとくに第2次大戦後整備されてきて,興行場法,公衆浴場法,旅館業法,理容師法,美容師法,クリーニング業法など環境衛生関係の営業に関する法律,水道法,下水道法,廃棄物の処理及び清掃に関する法律,家庭用品品質表示法など家庭用品の規制に関する法律,建築物における衛生的環境の確保に関する法律などの生活環境整備改善に関する法律,公害対策基本法,大気汚染防止法,水質汚濁防止法,騒音規制法,悪臭防止法など公害防止に関する法律,自然環境保全法,自然公園法など自然環境保全に関する法律,食品衛生法など食品衛生に関する法律などが施行されている。
環境衛生の水準を維持するために公衆衛生行政の第一線にある保健所を中心として,食品衛生監視,環境衛生監視のほか,公害防止,ビルの衛生管理,家庭用品の安全確保などのための監視が日常的に行われている。環境衛生監視のための衛生上の措置基準および指導技術の科学化を強め,新しい問題点の発掘にも努めなければならない。
執筆者:溝口 勲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
健康や疾病の問題を、人間を取り巻く環境の側から取り上げて、人間と環境の相互関係を改善することによって、健康の維持、増進を図ることをいう。
人間の健康にかかわりのある環境要因としては、微生物、寄生虫などの生物的環境、暑さ・寒さ、気圧、放射線、騒音などの物理的環境、ガス、粉塵(ふんじん)、化学薬品などの化学的環境などに分けることができよう。
環境が健康に及ぼす影響については、古代ギリシアのヒポクラテスが『空気・水・場所』という論文のなかで述べているように、古くから関心をもたれている。1700年にはイタリアの学者ラマッツィーニB. Ramazzini(1633―1714)が『働く人々の病気』を著し、職場の環境と疾病について詳細な記述を行っている。19世紀のイギリスではチャドウィックE. Chadwick(1800―90)が、貧困によってもたらされる不健康は、環境の衛生化によって改善できると考え、環境改善運動sanitary reformを展開した。この運動が公衆衛生の発端であるといわれる。19世紀後半のドイツでは、ペッテンコーファーが、当時流行の激しかった伝染病の発生は、特定の病毒や個人の素因のほかに、時季、土地などの環境条件なども関与していることを指摘して、空気暖房、住居の換気などの建築衛生、さらに上下水道などの環境衛生に関する先駆的な研究を行っている。
欧米諸国では、上下水道や都市生活に伴う廃棄物の清掃処理などの環境衛生対策は、20世紀に入って衛生工学の進歩とともに急速に進んだが、日本の場合はその遅れが著しく、昭和30年代に入って、ようやく本格的な普及の段階に入った。一方、第二次世界大戦後の急速な産業の発展とともに、日本でも工業生産活動によって排出される廃棄物が大気、水、土壌などの環境を汚染し、それによって一般地域社会に住む人々にも健康障害がみられるようになり、この対策が、環境衛生において重要な部分を占めるようになった。
現在、わが国で環境衛生を推進するためにとられている国レベルでのおもなプログラムは、上下水道、屎尿(しにょう)、ごみ、産業廃棄物などの処理のほか、食中毒、食品添加物などの食品衛生、旅館、興行場、公衆浴場、プールなど多人数が集まる場所の衛生、大型建築物の衛生対策、有害化学物質含有の危険防止のための安全、公害の防止などとなっている。このうち、大気・水質・土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下、悪臭などによる健康および生活環境被害についての防止や対策は環境省の所管となっており、そのほかの環境衛生対策は厚生労働省の所管となっている。
[重田定義]
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