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内覧 ないらん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

内覧
ないらん

摂政や関白,または特に宣旨を受けた大臣大納言が,太政官から天皇に奏上する公文書を,奏上の前に内見政務を代行すること,またはそれを行う者をいう。平安時代中期から始った。円融天皇のときの藤原兼通,一条天皇のときの藤原道長などがこの例で,彼らはその後,摂政となった。摂政,関白は内覧を行うのが恒例であったが,近衛天皇のとき,関白忠通の弟左大臣頼長が,関白の兄に代って内覧を行なった例を初めとして,摂政,関白がいるにもかかわらず,他の者が内覧の宣旨を受けたこともあった。また前関白が内覧を行なった例も南北朝時代以後みられた。

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デジタル大辞泉の解説

ない‐らん【内覧】

[名](スル)
内々で見ること。「重要書類を内覧する」
内見2」に同じ。
平安時代以降、太政官から天皇に奏上する文書を、摂政関白または宣旨を受けた大臣が前もって読んで処置すること。

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世界大百科事典 第2版の解説

ないらん【内覧】

太政官から天皇に奏上する文書,または天皇の裁下する文書を内見すること,またその職を与えられた者をいう。平安時代前期,宇多天皇が譲位に当たり,大納言藤原時平・権大納言菅原道真に対し,新帝醍醐天皇を補佐し,万機の政を行すべき詔命を下したのが内覧の起源という。その後,平安時代中期に,権中納言藤原兼通が摂政を辞任した藤原伊尹に代わって公務勤行を命ぜられ,また権大納言藤原道長が兼通の例に倣って太政官より奏上の文書の内覧を命ぜられるなど,摂政関白の不在のとき,大臣あるいは大納言等に奏下いっさいの文書の内覧を命じる例が多くなり,内覧が摂政関白に準ずる一種の職名となった。

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大辞林 第三版の解説

ないらん【内覧】

( 名 ) スル
内々で見ること。非公式に見ること。 「書類を-する」 「所望に任せて-に供すると云ふのである/渋江抽斎 鷗外
太政官から天皇に奏上する文書を、摂政・関白または特に宣旨を受けた者があらかじめ内見し、政務を代行すること。また、その人。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

内覧
ないらん

内々に見ること。内見(ないけん)。太政(だいじょう)官のなかの諸事、天皇に奏上すべき文書をまず内見して政務を処理すること、またその人をいう。平安時代、摂政(せっしょう)・関白は内覧の資格をもっていたが、摂関にならなくとも内覧の宣旨を受けた公卿(くぎょう)はこれを行った。醍醐(だいご)天皇のとき、左大臣藤原時平(ときひら)、右大臣菅原道真(すがわらのみちざね)が内覧であったのをはじめとして、藤原兼通(かねみち)、ついで藤原伊周(これちか)は父関白道隆(みちたか)が病の間、内覧宣旨を受け、藤原道長は一条(いちじょう)・三条(さんじょう)両天皇の時期に内覧であった。内覧より摂政・関白になることが多かったが(道長は関白にならず)、摂関とは別に内覧を置く場合もあり、関白忠通(ただみち)のとき内覧となった左大臣頼長(よりなが)の例などがあげられる。江戸時代末期まで存続した。[山中 裕]

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